韓国の古き知人の病気御見舞いをすることが、漸く実現ができて、今から成田に向かう準備をするのですが、昨日知人から電話連絡があって、体調が良くないので空港への出迎えは代理の方が来ていただけるとのことです。

大変に心配をしているのですが、9月にがんの摘出手術をされて、順調に快復されていることを、何度か電話でお聴きしていたもので、ここにきての体調不調が大変に心配されます。

昨年の秋に訪問をした時には、高校生の奉仕活動に引率していましたから、まったく自由な時間が無かった為に、お会いすることができなかったのですが、三年振りに再会の楽しみがあります。

昨晩たまたま夜遅くに電話が入って、健康時になるにはもう少し時間が必用ですと、お見舞いを受けると元気になれますと喜んでくれました。

たまたま時を同じくして、日本の親しい友人も春先にがんの宣告をうけて、今は自宅療養をしているのですが、昨晩に久し振りの電話があって、味覚が無くて何を食べても美味しくないと嘆いていました。

この方は週に何度か定期便の夜電話があって、無駄話の長電話が趣味の方なのですが、それなりに情報交換ができて、いろいろ学びができていたものでした。

健康であった方が害されて、療養時間を如何に楽しくのんびりとさせるかは、家族や周りの方々との交流が第一で、気兼ねなく元気にされることを目指して、できるだけ刺激を喚起させることも良薬の一つにおもえるのです。

極親しい韓国の知人と日本の友人が、偶然にも同じ病気を患ってしまい、お二方が共通していることはお仲間が多く、必然的に交際範囲が広くて、多くの方から人気者で居られる共通点が伺い知れます。

訊くところによれば、お二人とも沢山の友人からお見舞いが切れないほどで、台湾と韓国の友人からもお見舞いが届き、それぞれが感服をして感謝の気持ちを伝えていました。

それだけ幅広く隔たり無く交友をしていた証拠で、一つの人徳が備わっているのでしょうし、人から常に気にして貰える事実は、その人のもつ宝物だと思っています。

体裁だけのお付き合いは誰しもが経験をするものですが、心の通った思い遣りがあるということは、それだけ人間の器が大きい証拠となるのでしょう。

どんな人でも依怙贔屓するのでなく、公平な立ち位置を保つことの難しさを良く理解して、人の前にでることなく、謙虚な仕草が大人のやることなのです。

何時も人を立てて、裏方を率先できる人格を構成させてみたいものと、淡い自覚をしてみているのですが、それさえもなかなか上手くはできなく、自分自身で納得できないものです。

そこのところが実践することができれば、お互いに尊敬の念が認識できて、心豊かな余裕も発揮させることとなるのだと信じたいです。

二人の知人と友人が、一日も早く健康体を呼び戻してくれることを期待して、今までと変わりない交流ができることを念じて、何時までも信頼が出来合える仲間として、それぞれの心の中で存在意識を保ちあいたいものです。

何でも気を許し合える仲間の存在で居てくれることを、とっても嬉しく大切な時空であることを、病身を通して教えてもらっています。