何日かぶりに事務所に落着いて、腰を添えて椅子に座ることができていますが、ペンでの手紙書きが何通かと、メールでも用件を書き込むことがあって、久し振りに漢字辞書を引き引きペンを動かすことになってしまった。
最近の手紙類は全てにメールが主流となっていて、ペーパーでの書き込み作業がまったくと言って好いほど、非日常化してしまっている現状に、今になって学生時代の僅勉学への反省と、今後の再意欲が強く感じられる。
今日は何度か辞書を使った中で、心遣いの「遣い」の字が、「違い」になってしまったりして、書くほどに迷う字が沢山あり過ぎる時間となりました。
中でも眺望の「眺める」字が思い出せなく、自分で情けなく思ったりして、暫し分厚な辞書をぺらぺらと音をたてさせて、最近滅多に使わないためにか、見出しの厚さ分の紙が真っ白な状況であるのだ。
それだけ普段は手にしない辞書類ですが、学生の頃を思い出しますと、手垢で真っ黒になった辞書や参考書の書籍を持っていることが、自己満足だけのステータスになっているようだ。
手垢で黒々と汚れた辞書や書籍で間に合わなくて、ペンやマジックで書き込んだり、悪戯書きをしたりして、さぞ勉強をしているような古びさを工作することに夢中となって、お体裁だけの繕いをしていた、愚かな若き自分が懐かしい思い出になっている。
今になって思うことや反省があっても、若き当時の人生は戻ってきませんし、余命が確実に迫ってくる老いの今になって、新たな学びを始める意欲の灯火だけは、風化させない意気込みにしたいものと念じる。
老いた年齢に関係なく、気付いた事をコツコツと気ままに続けることが、これからの余生を生きる役割に結びつくと感じていて、様々な興味をもてる探究心が深まることを願いたいものだ。
年齢が老いて来ると、兎角好い加減に流される傾向が強くあるのですが、常に疑問点や注意点や世間の流れを気にすることで、自身の感覚を研ぎ澄ますことができ、新鮮な若さに繋がることを期待してしまう。
そのためにも、自分の立ち位置や行動を公正正大にすることで、身の回りの人からの正の対峙ができる注目度を、一身に集めることに少しでも普請をしてみたいもの。
世の中には一歩前に出る勇気と責任は当然のことですが、衒いだけの上辺は身に合わない性格ですので、すべてに粛々と和合の時間を必要にさせ、自然と任さられる受動の役割の中で、自身の心身を磨きあげていきたいと念じている。
その先にある人生には、念願の希望通りの歩みをしてみたいものです
が、自身の持つ能力とは、願望を実現できるかの瀬戸際にあるように思い、いかにも天地からの恩恵を有益なものに受止め、確りと世に恩返しすることだと念じている。
そんな願いの実現の為にも、そんな願いを実現させる為にも、家族共々の健康な思考と肉体を、何時までも大切に預り知っておくべきことです。
最近の手紙類は全てにメールが主流となっていて、ペーパーでの書き込み作業がまったくと言って好いほど、非日常化してしまっている現状に、今になって学生時代の僅勉学への反省と、今後の再意欲が強く感じられる。
今日は何度か辞書を使った中で、心遣いの「遣い」の字が、「違い」になってしまったりして、書くほどに迷う字が沢山あり過ぎる時間となりました。
中でも眺望の「眺める」字が思い出せなく、自分で情けなく思ったりして、暫し分厚な辞書をぺらぺらと音をたてさせて、最近滅多に使わないためにか、見出しの厚さ分の紙が真っ白な状況であるのだ。
それだけ普段は手にしない辞書類ですが、学生の頃を思い出しますと、手垢で真っ黒になった辞書や参考書の書籍を持っていることが、自己満足だけのステータスになっているようだ。
手垢で黒々と汚れた辞書や書籍で間に合わなくて、ペンやマジックで書き込んだり、悪戯書きをしたりして、さぞ勉強をしているような古びさを工作することに夢中となって、お体裁だけの繕いをしていた、愚かな若き自分が懐かしい思い出になっている。
今になって思うことや反省があっても、若き当時の人生は戻ってきませんし、余命が確実に迫ってくる老いの今になって、新たな学びを始める意欲の灯火だけは、風化させない意気込みにしたいものと念じる。
老いた年齢に関係なく、気付いた事をコツコツと気ままに続けることが、これからの余生を生きる役割に結びつくと感じていて、様々な興味をもてる探究心が深まることを願いたいものだ。
年齢が老いて来ると、兎角好い加減に流される傾向が強くあるのですが、常に疑問点や注意点や世間の流れを気にすることで、自身の感覚を研ぎ澄ますことができ、新鮮な若さに繋がることを期待してしまう。
そのためにも、自分の立ち位置や行動を公正正大にすることで、身の回りの人からの正の対峙ができる注目度を、一身に集めることに少しでも普請をしてみたいもの。
世の中には一歩前に出る勇気と責任は当然のことですが、衒いだけの上辺は身に合わない性格ですので、すべてに粛々と和合の時間を必要にさせ、自然と任さられる受動の役割の中で、自身の心身を磨きあげていきたいと念じている。
その先にある人生には、念願の希望通りの歩みをしてみたいものです
が、自身の持つ能力とは、願望を実現できるかの瀬戸際にあるように思い、いかにも天地からの恩恵を有益なものに受止め、確りと世に恩返しすることだと念じている。
そんな願いの実現の為にも、そんな願いを実現させる為にも、家族共々の健康な思考と肉体を、何時までも大切に預り知っておくべきことです。