まったく慌ただしい日々もあるもので、事務所でスタッフと事務処理をしていれば、お役所から提示をうける約束の時間となって、厳しい判断を求められる遣り取りをしている内に、歯医者さんの予約時間が過ぎてしまいました。
時計を気にしながらも漸く懸案の決着がついて、急ぎ足で近所の掛かりつけの歯医者さんに飛び込み、月一の定期健診と治療をしてもらうことができました。
暗闇が迫っていることがリアルに分かる歯医者さんで、治療室の前が素通しのガラスとなっていて、小奇麗に整備されている庭を眺めることができます。
時節がら電飾のクリスマスモードが盛んに点滅していて、隣の治療椅子で座っていた小学生が、歯の治療に半べそをかいていたにも拘らず、幻想的な風景に見とれてしまい、平気な顔をして治療を受けていました。
年末の慌ただしさは自分の気分の中にあるらしく、世間は至って普段どおりの落着いた住宅街を表現していましたが、事務所にもどる途中に眼にした風景が印象的で、時間が経ったいまでも鮮明な記憶になっています。
JRの駅が近くにあることからか、高校が三校と専門学校とか大学がバスを発着させていて、比較的多くの学生が、日常に行き来している姿に出会うことができます。
事務所まで間もなくと言った距離の四つ角で、制服姿の男女高校生が、止めた自転車の廻りにたむろしながらタバコを吸っていました。
大人として未成年の喫煙の咎める義務があったのですが、見知らぬ振りをするずるい大人になってしまい、あっけらかんと実に美味そうに喫煙している、童顔の青年を眺めることで精一杯なのです。
瞬間であったのですが、立ち止まろうとする自分と、関係なく過ぎ去る自分が格闘をしているのが如実に理解でき、結果的に喫煙の注意ができなく、自身の決断力が情けなく思ってしまったのでした。
間もなく事務所といった四つ角に近付いた頃に、後ろから自転車二台に分乗した若い親子が、先ずはお父さんが抜き去って、続いていた子供の自転車が、除けようとしてふらついてしまい、私の横で傾いてしまいました。
小学生の男の子でしたが、ごめんなさい、すいませんでした、とはっきりとした口調で頭を下げてくれたのです。
早速怪我がないのと問いかけをして、気をつけながらお父さんの自転車を追いかけることを注意してあげたのですが、何度も顔を観ながら侘びをする謙虚さに討たれてしまいました。
先ほどの喫煙をしている高校生の態度と、自転車で礼儀正しく謝る子供の差とは、どこから善悪の分かれ道になってしまうのでしょうか。
躾けの源泉は家庭なのだろうか、学校なのだろうかと何度も問いただしながら、事務所に戻ったのですが、その問答の結論がでなくて、慌ただしく過ぎ去った一日を振り返りながらも、夜に来客された仲間との中で交わされた話題も、大人の無礼節さの嘆きが重くされるだけなのでした。
礼節をもって社会に貢献できる人間作りは、まずもって家庭が確りと躾をすることから、全てを自覚できる環境になって欲しいものです。
時計を気にしながらも漸く懸案の決着がついて、急ぎ足で近所の掛かりつけの歯医者さんに飛び込み、月一の定期健診と治療をしてもらうことができました。
暗闇が迫っていることがリアルに分かる歯医者さんで、治療室の前が素通しのガラスとなっていて、小奇麗に整備されている庭を眺めることができます。
時節がら電飾のクリスマスモードが盛んに点滅していて、隣の治療椅子で座っていた小学生が、歯の治療に半べそをかいていたにも拘らず、幻想的な風景に見とれてしまい、平気な顔をして治療を受けていました。
年末の慌ただしさは自分の気分の中にあるらしく、世間は至って普段どおりの落着いた住宅街を表現していましたが、事務所にもどる途中に眼にした風景が印象的で、時間が経ったいまでも鮮明な記憶になっています。
JRの駅が近くにあることからか、高校が三校と専門学校とか大学がバスを発着させていて、比較的多くの学生が、日常に行き来している姿に出会うことができます。
事務所まで間もなくと言った距離の四つ角で、制服姿の男女高校生が、止めた自転車の廻りにたむろしながらタバコを吸っていました。
大人として未成年の喫煙の咎める義務があったのですが、見知らぬ振りをするずるい大人になってしまい、あっけらかんと実に美味そうに喫煙している、童顔の青年を眺めることで精一杯なのです。
瞬間であったのですが、立ち止まろうとする自分と、関係なく過ぎ去る自分が格闘をしているのが如実に理解でき、結果的に喫煙の注意ができなく、自身の決断力が情けなく思ってしまったのでした。
間もなく事務所といった四つ角に近付いた頃に、後ろから自転車二台に分乗した若い親子が、先ずはお父さんが抜き去って、続いていた子供の自転車が、除けようとしてふらついてしまい、私の横で傾いてしまいました。
小学生の男の子でしたが、ごめんなさい、すいませんでした、とはっきりとした口調で頭を下げてくれたのです。
早速怪我がないのと問いかけをして、気をつけながらお父さんの自転車を追いかけることを注意してあげたのですが、何度も顔を観ながら侘びをする謙虚さに討たれてしまいました。
先ほどの喫煙をしている高校生の態度と、自転車で礼儀正しく謝る子供の差とは、どこから善悪の分かれ道になってしまうのでしょうか。
躾けの源泉は家庭なのだろうか、学校なのだろうかと何度も問いただしながら、事務所に戻ったのですが、その問答の結論がでなくて、慌ただしく過ぎ去った一日を振り返りながらも、夜に来客された仲間との中で交わされた話題も、大人の無礼節さの嘆きが重くされるだけなのでした。
礼節をもって社会に貢献できる人間作りは、まずもって家庭が確りと躾をすることから、全てを自覚できる環境になって欲しいものです。