両親はすでに亡くなっていて久しいのですが、家内の両親は健在で、二人とも80歳を超えて健康に恵まれての生活を、子供と孫達と一緒の家屋のなかで日々を送っています。

岳父は間もなく90歳に手が届くまでの高齢になっているのですが、趣味にしている盆栽の同好会に入っていて、定期的なお出かけと庭に一杯の盆栽の手入れで、多忙な時間を楽しんでいるようです。

義理の母は若いときからの農家の仕事から引退して、のんびりとその日暮の優雅な時間を過ごしているのですが、最近とみに身体も弱ってきましたし、特に耳が不自由になってきて、徐々に心配になることが目に見えてきました。

久し振りに家人と一緒に両親を尋ねてみたのですが、岳父は盆栽会の仲間と一緒に、静岡まで親睦旅行に出掛けていて留守でしたが、義母がいろいろ気をつかってくれ、傍目からでは健康そのものに受止めることができ、一安心をしました。

毎日一緒に生活している子供達からすれば、高齢からくる身体の不具合とか、若い人達との生活スタイルの差異があったり、同居の毎日ではお互いに身内の甘えがでたりして、細かな感情のズレが出始めているようです。

親は親の立場で家を盛り立ててきた自負が強く、老いた今でも主導権をもって家長としての役目を護りたいらしく、若い世代はそろそろ実権をバトンタッチして欲しいと主張しているらしく、そとから訪問する立場からすると、なかなか難しい状況になっています。

我家の場合は、両親と同居を条件として結婚してくれ、さらには母親が自宅で寝たきりの病身状況にあって、今流行の言葉で言うところの自宅介護の仕事がありました。

64歳で亡くなるまでの5年間もベッドに伏して、全てに人の手伝いを必用としていましたので、昼夜不定期な介護を必用とされて、家族全員がこぞって手助けが必用でしたし、隣町に住んでいた姉も時々に支援をしてくれていました。

母は寝たきりでしたが意識だけはしっかりと、はっきりとして、時には厳しい注文もありましたが、誠意をもって介護されている喜びを伝えてくれ、顔をあわせるたびに、申し訳ないと侘びを伝えてくれました。

世間の高齢化が進む中で、家族との交流が希薄になっていく時代性を見るとき、老いた家内の両親に接して兄弟の愚痴を聞かされて、遥か昔の我家の介護生活を思い出してしまいました。

父親が92歳まで母親の分を長生きしてくれて、最後まで健康で元気に家族と生活を共にしてくれたことも嬉しくて、亡くなる時まで一切イザコザガなく、若い者を立ててくれる配慮とアドバイスを心がけてくれていたことに感謝をしています。

やがて同じ立場になるであろう我々夫婦を思うとき
、是非是非、時代と共に時流を過ごすことと、若い世代と価値観を分かち合える配慮をしたいものだと願っています。

少しでも人様の為になれる生き方を心得ながら、岳父義母の健在を念じて、老いていく先も健康で、世の中から喜ばれる存在意識を持ち続けたいものと念じています。