少なからず多くの人が集まる組織の中で、人の波長や思考が同じで合う人と合わない人がいることは、極普通の状態として理解されることです。

どんな会合でも人の数が多くなればなるほど、比較的仲の良い仲間が集まって、行動も共にする機会が多くなることは、人の習性として許容の範囲で、仕方のないことの一つだと思っています。

そうした現状を踏まえながら、お互いが傷つきあわないように、戒めあって生きていく工夫をするのが、大人の世界だと考えているいるところですし、自分自身でもしっかりと心掛けているところです。

世代や生活環境が似ていても、持っている自己の価値観が違いますと、とんでもない解釈が違ってしまい、何故こんなにもずれがあるのかと思うほど、人の意識や理念が合わなくなることがあります。

物事を決めていく中でも、どうしても普段から仲良くしている仲間の意見を集約させたいようで、団体交渉で反対意見を述べる方々がいることが、誠に残念なことですし、反省と自戒をして欲しいものだと願っています。

機会があれば腹をわっての話し合いをしなければ、根本的に違った意見を持った方との調整は出来ないのだと思うのですが、なかなか好機がなくて、話し合う場を求めての時間を掛けて待ちわびているところです。

人の顔と一緒で全てに同じ考えの方がいないことは知っている心算ですし、よく理解しているところですが、同じ組織に在籍していても、組織の理念を深く知ろうと努力もしなくて、上辺だけで自己勝手な解釈を優先させてしまい、上下関係でもって仲間を烏合の衆と化している存在は、素直に反省をしてもらいたいものです。

その時々の生業で順調に推移している方の中に、兎角勘違いされている経営者がいらっしゃるもので、自社の運営をそのままに、任意団体の中に持ち込もうとしては、筋が間違っている気がします。

自社であれば、企業トップであれば尚更に我が儘に自己を発揮させることが許されますが、自社とは違う団体であり、様々な立場の人間が寄せ集っての組織では、何はさておき譲り合い許し合っての事業運営を心がけたいものです。

素晴らしい能力を持った人であればあるほど、常に謙虚に大きな度量をもって、総意を汲み取る豊かさをもちたいものです。

誰でもがいずれ責任ある役職に就くことを深慮すれば、強引に自己意見を押し付ける方も、いずれは、責任者として指導をする立場になられることを弁えることが、賢い人であればあるほいど心にする役目だと思ってしまいます。

何故に意固地になって、自分の意見を人に呑み込ませようとする輩がいるのか、歳を重ねるごとく世間を知って、人の素晴らしさと温かみを学び取っていくならば、責めるだけでなく認め合える人間として成長して欲しいものです。

所属するどんな団体でも、仲間を許し合える和やかな環境があってこそ、お互いの利点を受け入れることから成長も出来、結果的に素晴らしい事業運営がされることになるのだろうと、ひそかに硬く信じています。