久し振りに姉夫婦と親密に話をすることができ、僅かな時間でしたが、親身になっての相談をすることができ、お互いに支え合って生きていることを確認して、時々の流れの中で身内の存在のありがたさを身に感じた一時となりました。

身内の支援をしてもらう状況には、はなはだ情けないことになるのですが、長い人生にはいろいろな困難なことが起き得ることを理解して頂き、相談に乗ってもらえる幸せをかみ締めているところですし、是非とも艱難を乗り切っての報恩を念じているところです。

昨日あった取引銀行での講演会の後で、参加者との懇談会があったのですが、挨拶を交わすごとに、今の厳しい経済状況を嘆いて、愚痴の言い合いをしてしまったのですが、今を生きることの創意工夫は、外面では受け止めることができない一生懸命さが伺えます。

姉夫婦との世間話の中でも、報道されている世間の厳しい日常の話となってしまい、経済的な閉塞感を垣間見る、閉店されている業界の話になってしまうのです。

最近求めて読んでいる本に、筑波大学名誉教授である村上和雄さんが出版された、「アホは神の望み」があるのですが、書かれている通りに、凡人であることが必要ですし、その価値を認める必要がありそうです。

まだ完読していないのですが、読み始めのページに書かれている、神の好きなものは「器の大きなバカ」と「素直で正直なアホ」であることです。

小利口な人は「でくぼのう」になって、苦しいときこそ笑っていられるアホやバカの価値を説いてくれています。

物の豊かさばかりに目が行って心の貧しさを嘆くのですが、利口過ぎる人の傲慢な心を鋭く避難をしている筆走りには、大きな共感を得るのでした。

世の中の謀には背くことですが、人とはある面で図々しく生きていくことも、時には最善である好い教訓になりました。

人に迷惑を掛けることは常識内として、大人の判断を心がけることですが、過度の神経質な考え事は愚行であると書いている気がします。

姉夫婦との雑談でも、家族愛の大切さを感じ取りましたし、一人だけで勝気になって生きることはできない、体裁を思うばかりの愚かな行動となりそうです。

先ずは身体も心も健康で、家族の和みを感じ取れるくらいの理知を発揮させて、人生の数々のハードルや、山を乗り越えていこうと硬く信じているところです。

時に硬く気遣いをして、時には図太い神経をもって、でくの坊の精神で乗り切っていき
、幅広い人生を楽しんでいくことを、改めて感じ取っているところなのです。