昨晩もそうであったのですが、今夕も同じように雷雨となって、連続する雷鳴と集中豪雨が断続的に降って、全てのものをズシンズシンと揺らすほどの轟きは、脅威を感じるほどの天空からの働き振りでした。

連続的に閃光が事務所の中に入り込んでくる中で、気心が知れた先輩との久し振りの電話で気があって、いろいろな世間話を頷きながら、人生問答をすることが出来たことが嬉しく、心の中がリフレッシュできた気分で一杯です。

渡る世間はいろいろな浮き沈みがあって、とかく一時だけで評価をしてしまいがちなのですが、実際に接してみた時の人達は、その人の一生を見て取れることは垣間見せてくれないものです。

15歳も先輩なだけに、多くの方々との交流をお持ちで酸いも甘いも経験されているわけで、一時の景気によさに浮かれて、胸をはって人の意見を聞き入れない人も居たり、一時の好景気に浮かれていた人が音方なく消えてしまったり、人生の縮図模様はそれこそ、浮き沈みが様々ですね~とお互いに相槌をうっていたのです。

我が身も数年に亘っての重い事情が、いまだ解決できないままでいるのですが、景気の良い頃に比べれば、いろいろなことで沈みがちなことが多くあり、艱難汝を玉とするための、人生修業をしているところです。

まずは人様に向かっての誹謗中傷は、極力控えることを目指しているのですが、簡単なようなことですが、なかなか難しいこととして、時間をかけて努力をしているところです。

いま自身が躓いていることも、いろいろな外部的な要素が噛み合っていることをさて置いて、結果がでていることには、全てにおいて自己責任を取るべきと学んでいます。

とかく人様からの犠牲にすることはいとも簡単ですし、逃げ口上には都合が良い事と理解はできるのですが、すべての躓いてしまう原因は、身からでた言葉と行動なのですから弁えることが必然だと思います。

そんなこんなを二人で駄弁っていたのですが、人の一生とは天からの授かられたものであって、我々はモット厳粛に天寿を全うする自覚を、大切にするべきなことを話し合うことができました。

雷鳴が時間とともに酷くなって、雨も横殴りの大粒が叩き寄せているのですが、二人の落着いた語りは閃光も気にならないほどに、時の流れも忘れた静かな会話は、すべてに心の中に納めることができました。

夕刻から始まった閃光と雷鳴は天空を我が物顔に走り回り、時間にして3時間が過ぎ去っていましたが、ほぼ同じ時間を電話で二人は語り合ったのです。

物欲的なことは一切忘れ去って、精神修業の世界に入り込んだような純粋な心の交流は、天上天下が与えてくれた至宝とも納得しています。

自分自身の意思向上の為にも、弁えた生き方に精一杯尽力するためにも
、心の中を解放して常に自身と対峙して、自分に厳しく人様に愛情を込めた優しさで接することを誓ったのでした。

気が付けば雷鳴も遠雷になって去っていき、あれほどの雨音もシトシトと静寂さに戻る気配を見せてくれました。