一生を平穏に暮らせるような人生とは無いことらしく、一時の飛ぶ鳥落とす勢いの絶好調さは、あくまでも期限限定の制約をもっていることを、改めてしっかりと心得る必要がありそうです。

先代が戦後に起業し、経済成長の御蔭を蒙りながら、少年期青年期を傍目にも羨ましく思うほどの順風満帆な暮らしをして、その裏づけとして、家業の盛況が人も羨むほどの勢いがあるお宅がありました。

勢いが勢いを加勢する流れは、清流が岩肌を削って勢い良く流れる激流の様を言いえて妙とするのでしょうか、恐いものなしの盛況と余るほどの経済力をもって、事業欲のままに成功をされてきた御家なのです。

逢うたびに世間から羨望の眼で見られていたことを、二代目本人も十分に納得できていて、先代が築き上げて来た成功事業を、いまでは無借金で会社経営をされるまでに成長繁栄をされました。

飛ぶ鳥を落とす勢いは先代からの流れに乗って、寄せごとの縁戚会合があるたびに公言する、事業繁栄の一端を、あるがままに誰彼区別することなく口にして話をしていました。

訊くところによれば、先代は戦後に苦労をして丁稚奉公をされて、年季開けに母方の実家に報告をして、その際に岳父から出世祈願のお祝い金を受けることとなり、独立の身支度を全て賄って貰う支援を受けたそうです。

その岳父家は、代々事業をされていてある程度の余裕資金を持っていたらしく、こうした支援金を何人もの縁戚者である、多くの従兄弟や甥っ子達に提供をしていたそうですし、さらには戦後の混乱期の物不足の時に、日々の食い扶持や小遣いを請われるままに手渡しをしていたことを、実話として聞かされています。

戦後の復興期に順調に事業を伸ばし、岳父から支援を受けた従兄弟や甥っ子達は、やがては支援者の岳父よりも大きな財産をもてるほどのはぶりができて、人が羨むほどの資産家に成長されていったのです。

ところが人生とは一本調子にはことが運ばないもので、諺にもあります通りの、天は二物を与えずの如しで、人生のマサカの難儀に見舞われるもののようです。

支援を受けて成長した各家の事業家は、時には社会情勢から、時には墓穴をほったり、時には病になって、時には他人に誤魔化されて、順風な生活のなかにマサカを経験することになったのです。

一代にして功なり名をとげた事実があっても、一本調子の成功はありえないことと、常に傲慢な心では失敗が付き物であることを知っておくべきなのでしょう。

常に、稔るほど頭をたれる稲穂かな、を実践する為の心の鍛錬をして、何時も謙虚で素直な対応ができるように礼節を身に付けたいものです。

教訓や家訓がそれぞれのお宅にあるように、世話になった結果が成功に結びつき、成功の裏づけには支えてくれている、蔭になっての縁の下の支援者が居ることを、気を剛毅して腑に納めておくべきことでしょう。

先祖を迎えてお盆のお奉りをしている時にこそ、あえて代々を溯って、その功名の事実を評価して、御蔭になってくれたことに深い感謝をすべきことを、人事でなく感じ入っているところです。

時として過去を振り返ることで、今ある現実の重みを再確認して、蔭になってくれている部分の真実を、あえて表面に出せるゆとりの余裕を、お陰様でと直言できるようにしたいものです。