咄嗟の判断が難しいことが結構頻繁に起こりますが、ラッシュ時に横断歩道がなく信号もない道路の横断はなかなか難しく、無駄な時間を思えば、信号の交差点まで移動をする知恵者が賢いのかも知れません。

先日のことですが、住宅街の幹線道路が直線で走っていて、信号と信号がある100メーター中間の無信号交差点を、車の途切れる時間を愛犬二匹と暫しの間待っていました。

丁度夕刻の帰宅ラッシュ時で、普段よりも車の数が多くあって、おそらく普段の倍の時間を、車の途切れを待っていた気がします。

一瞬何事が起こったのか、理解できなかったのですが、流れる往復の車の列に反対側の歩道から直角に歩き出す人が見え、車がスピードを下げながら歩行者を避けていて、センターラインのところで立ち往生をしていたのです。

車は警告のクラクションを鳴らし始めたと思っていたら、若者は急に向って走ってくる車にめがけて、突っ込むように一歩を踏み出して動き出したのですが、塩梅良く車はクラクションを鳴らしながら、人をすり抜けて止まりました。

しかし車の列に自ら飛び込んだ若者は、何食わぬ顔で亘りきった歩道を闊歩して、人混みに消え去っていきました。

若い学生風の歩行者は、見ていた限りでは、余りにも多すぎる車の列に短気を起こしてしまい、車めがけて歩き出したのでしょうが、威喝するような突っ込み方は、今流行の自分勝手な行動なのでしょうか。

全ては自分の判断と行動が正しいのであると、公衆の面前で馬鹿な奇態をしたのかも知れませんが、車も周りの人も、迷惑千番を被ってしまい、ヒヤッとした恐怖感と後味の悪に、なんとも言えないため息をついたんもです。

クラクションを鳴らして止まったドライバーさんも、青ざめた緊張の顔をして、歩き去ってしまった若者の奇態に怒り、どんなアクションを返したらよいのか、戸惑っている風でした。

この若者の悪態に接しながら、一言も注意の言葉を掛けることができなく、年長者の一人として、正義の言動が取れなかった悔しさを覚えました。

僅かな時を待つことが出来ない若者は、瞬時に人が被る迷惑行為をとる素行は、成長した社会背景の中、家庭できちっと礼節や躾を、しっかり受けてこなかったのだと思います。

身近に起きた若者の奇態な行動を、世の中で報道されている悲惨で無残な事件と重ね合わせて、何処にでも起き得る状況を恐ろしく感じ取ったのでした。

幸いにも奇態な行為が、凶悪な事件に結びつかなかった幸運を喜び、時の巡り会わせをじっくりと考えさせられる一時となりました。

二匹の愛犬は今のところ、待てを覚えてくれて、歩道の奥で許可が出ることを待っていてくれることを思うと、素晴らしい能力を秘めた若者は、短気は損気を知ってもらいたいし、世の中は皆の公平な参加の下で成り立っていることを、身に染みて理解すべきことです

世間が分からない犬にしても、飼い主の指示を素直に待つことが出来るのですから、奇態な言動だけは自粛することができる、大人の能力を身につけて欲しいものです。