二人だけの時の話からは、何故こんなにも素直で理解力があって、全てに多様的な受け入れが出来るのでしょうか、聞き耳を持てることが不思議なことだと、何時も首を傾げてしまっています。
仲間の一人と二時間ばかりお茶をする機会があって、難しい仕事の話や身の回りとか、家庭のなかの世間話など、いろいろ豊富に話し合う時間がもてましたが、時間の経過と共にその人が日常に抱きもっている、素の疑問を問いかけられてしまいました。
長い間不思議に思って、解決できていないことが、何かの話題のなかでの切っ掛けで、互いの波長が同調して、一気に疑問解決の手がかりを求めて、問答が沸騰することがあります。
今回の話題は、共通する友人の言動に対して、不安と疑念をもって接していたそうで、その疑念を誰にも相談をすることなく、長い時間御腹の中でしまっておいた対人関係の話題でした。
対人関係の話題として、不思議な3人組がいるのですが、誰しもが特別に意識をしなくとも、普段の交流の中で、個性が強い人ばかりには、だれもが本心で腹を割って、注意や苦言をできない現状があります。
特徴があって個性が強い3人組は、それほど加害者の自意識をもっていないのでしょうし、強いアドバイスや忠告を聞く耳がないのですから、何時になっても組織の中では、宙にういている存在なのです。
その事実は、組織の代表する方に媚をふって、自らの存在の後ろ盾として、勝手な判断と言動を発揮させて、代表する方に迷惑を掛けえる結果を生んでしまったのです。
これらと同じような数多くの迷惑行為の中の一つが、今日逢った仲間の方が数年前に受けてしまって、時が経った今になって、再確認と裏の事情を尋ねてきたのでした。
この3人組の特徴は、自分達だけの勝手な価値観でもって、勝手な行動を進めてくれることで、関係する他の方が如何に迷惑を蒙るのかを、認識出来ない方なのです。
その言動から派生する大きな迷惑と、人間関係の信頼崩壊が、どれほど大きな傷跡を、人のこころの中に残すのか、3人組には気を配る余裕がないようです。
遣っていることは全てが正しく、その結果の評価が最善だと思ってしまうのですから、被害を受けている人からすれば、迷惑千万な被害を受けるばかりでは、たまったものではありません。
声高に高飛車に人に威圧をすることしかできないグループは、結果的には他の仲間からの、強く大きな信用と信頼を届けることができないのです。
今日あった仲間の方が数年前に受けたショックは今日まで蓄積されて、漸くにして、話しを伝えても、安心して聞いてもらえる人間に恵りあったようでした。
人の悪口を言い合うのでなく、自戒できない3人組の改心を期待して、少しでも腹を割った言動になることを、念じているところです。
一言仲間としての忠告を、直言する役目も自覚しているのですが、自分が受けた迷惑な言動ならいざ知らず、人様が受けている迷惑ですから、できれば、今日の仲間が直接に苦言を呈して欲しいところです。
3人組が、子供のような我侭な餓鬼心をやめて、良い子のような純真な心をもって、変身をしてくれることを、仲間の一人として心待ちにしているところです。