何ヶ月ぶりの再会になったのでしょうか、入院先のベッドで腰掛けながら、はにかんでいる姿は、今までの元気な様子そのもので、廊下から入室した第一印象が先ずは一安心の気持ちでした。

いつもの愛嬌のある仕草で迎えてくれた先輩を、初めて病室にお邪魔してお見舞いをすることができ、ほぼ1時間ばかり喫茶室で歓談をすることができました。

4月に病魔に侵されたことが判明して以来闘病生活に入ってしまい、それ以前にお逢いしたのがお正月でしたから、ほぼ半年間に二度目の面談が、入院先とはまったく思いもよらない事態でした。

6月下旬に知った発病と入院でしたが、治療の副作用が思ったより厳しくて、心身ともに大きなダメージを受けてしまい、思考も食欲も相当低下した体験談を教えてもらいました。

食欲の話題で分かったことは、味覚障害がでるほど、病魔の副作用がきつく現れてしまい、病院食の減塩料理では、まったく食欲が沸かなくて、自宅からの差し入れを楽しみにしているそうです。

そうは言うものの、病魔と闘っている最中のお身体には、あちこちにテーピングや治療具の器具があったり、治療を受けている部位の肌には、複雑なインキ模様が残ったりで、余りにも痛々しい様子を観ることになり、病魔との闘病がいかに大変かを窺い知ることになりました。

お元気なときに度々ご一緒できた、お茶の時と同じ気持ちで同席をしていたのですが、時間と共に声が小さくなったり、気が滅入る仕草になったり、変色した肌色や痩せた御体を感じとることとなって、余りにも治療の厳しさが感じられて、見舞う身も徐々に滅入ってくるほどでした。

喫茶室に隣接した庭園に出て、散歩をしようと誘ってくれた時に、天からぽつぽつと降りだした小雨が冷たく、生憎な天候にそのまま、玄関に移動して見送りを頂きながら、夕刻の中病院を後にできました。

副作用が消えた時の比較的お元気な一時のお見舞いは、なかなか難しい設定で、今まで何度か待って何とか漸くにできた面会の機会でしたが、近代的な治療病院の施設とスタッフの技量に期待をして、完全快復の日が来ることを、改めて楽しみにこころ強くして待っているのです。

見送りを受けた時に握手をしてくれたのですが、視線がそれたり、握力が無かったり、病魔に冒されている心身からは、心配がつのってくるのですが、ご本人の気力に気合をいれることが精一杯の立場が、ちょっとばかり歯がゆいのでした。

日一日と日良薬効果を期待して、何はともあれ、気力だけを確りと持っていただき、完治を目指して病とともに快復を目指す心意気を、応援する仲間と共有して欲しいものです。
帰路に観た近代的な高層病院を外から眺めながら、様々な容態をもって入院をされている方が何人生活しているのか分かりませんが、それぞれが関係する人々の厚い看護を受けて、精神的に滅入る自身と闘っている、家族愛のコミュニティーであることを確認することができました。

ロビーや喫茶店や歓談室で親しい方との、お見舞い面会をしている姿を拝見していると、全員が一日も早い全快をされて、ご家族と一緒に平安な生活をされることを、心の底から念じてしまいます。

病室まで行く間のスタッフの親切さが、痛いほど身に染みて感じたのですが、親切心に甘えてしまい、安心して延泊をする気には絶対にならないことです。

患者さんの奥様が毎日付き添いをしてくれているのですが、人様の親切心の有り難味が、今になって実感できましたと述懐されていました。

病を知って新たな学びができることは、これを糧にしてリニューアルされた人間として、まだまだ社会貢献が必要だと、世から責められていることを認識することです。

病に負けない克己心は、家族愛から育まれて、友人達が応援をして、生きてこそ役を果たせる生き甲斐をみんなで援護をしようと確信したところです