不撓不屈と言う文字が、配達されたばかりの月刊誌、「知致」に威厳をもって印字されていまして、瞬間に思ったことは、当時の横綱貴の花が横綱昇進伝達式に口上した、不惜身命とあわせて不撓不屈の精神で横綱を務めますと述べた言葉が、昨日のように鮮明に思いおこされてきました。

不撓不屈とは、どんな困難にであっても、決して心をくじけずにふんばり強く生きることだと、そんな意味だと思うのですが、いざ難儀な場にでくわすと、なかなか上手く心情を平然とさせることができないものです。

人は生きてこそ価値のあるものですし、生きてこそ創意工夫をする智恵も湧きますし、生きる意欲がでてくるものですが、こと難儀で苦難に陥った時には、感情も判断力も普通ではなくなるのが普通です。

何事もなく平然と生きていくことが出来れば、この世の喜びだけを享受して、愉しく安泰な生活で満足ができますが、この世の中とは時として、波乱を引き起こす宿命をもっています。

過去にない困難な出来事が起きた時にこそ、平然と向き合って、その試練を学びの場と心得る余裕をもって、更には乗越えることができる自信をもった、克己心を目覚めさせる絶好の機会にしたいものです。

陰に籠もるわけではないのですが、確りと自信の腑に落とし込んで、耐える魂胆が難儀なのですが、堅くて剛くあるべきこととは、反面に大変孤独でもあるのです。

この世で功成り名を遂げた方々のなかには、皆さんが夫々の立場をもってご苦労をされているわけで、内なる闘志はそれこそ不撓不屈の精神で耐えて、陰に籠もって胆力を強められたのだと思います。

身の回りには必ず目にする方で、常に自身の意見を通す豪腕な性格をもった人は、何が何でも自身の考え方にこだわって物事を進めるのですが、その結果が良しとすれば、すべてが自身の手柄として誇りたがる方でもあるのです。

政治家の方にはこのタイプの方が沢山目に付きますし、どんな環境の集合体にも意外に多く存在している人種でもあるようです。

人の恩情に甘えてまでも、自身の名誉と名跡に拘る声高な人は、耐えることもなく、安易な人生を傲慢に送ることになるのだろうと思います。

絶叫調で我こそはと喚き叫ぶ人ではなく、いつも世の中を冷静に見極めることができて、ポイントを確りと確認できる能力を、上手く持ち合わせることができるようにしたいのです。

不撓不屈と難しい漢字に、ただ慣れ親しむことでなく、自身の堪忍袋を大きく強くすることだけで、自らの夢の実現に向けて、周りの方からの人望を深めることに目指していきたいものです