天上の節穴を一点見つめ続けて、約二時間ばかりの忍耐の時が過ぎ去った時の開放感が、疲労感の塊となってしまい、自分の身体ではない様な意識と感覚となっていました。
昨日急患の形で治療をしてもらった歯医者さんが、今日特別に時間枠を作ってくれて、治療室では一人だけの患者として、母娘先生による治療をうけることができました。
昨日の治療方法を巡る母娘の相談の結果が、出来るだけ抜歯をすることなく、何とか傷んだ歯を生かす方法を考えて、先ずは二本の歯の神経を抜くこととなり、ほぼ二時間に亘って口を大きく開けた状態でいたのです。
麻酔の効いた顎が麻痺してしまい、先生が神経を抜く作業の困難さが実感でき、治療作業の痛さと口を開けた苦痛の継続は、正気の限界を知らされるほどでしたが、女医さんが無心で作業をされている様子をみるにつけ、苦痛よりも治療する一意専心の厳しい労働環境を思い、手を合わせ土下座をしても、償いできない位のご尽力を身に知ることになったのです。
施術技術の度量とか素人が迂闊に述べることが憚るくらい、労力の限界まで医療奉仕をされていることに、改めて尊敬の念をもち、勝手な愚痴はいえないことを知らされました。
確かな正直な気持ちは、長い時間を椅子に固定されて、口を開けたままで治療する痛みに耐えることは、医師に訴えていいのかも知れないのですが、これを耐えれば楽になると呪文をかけてまで、忍耐の価値感を磨くことが身につけられたのです。
時間と共に意識が薄れていく自分があって、その感覚は、ひょっとすると修行僧の苦行にあるのかと思えるほど、無心で無欲な環境に落ち込んでいくのを覚えるのでした。
暫し気が遠くなる幻覚は耐える楽しさを覚えさせ、自分の忍耐限界を知り、精神統一の自己修練とすることを、異常事態の治療の中で学びとることができ、一種の悟りを開けた新境地を味わってしまいました。
ある種の肉体労働を目の当たりにすることになって、我が身の病を無心になって治療をされているお医者さんを、自身の至宝と評価でき、治療の時間だけでも大きな感謝の心を養うこととしました。
走馬灯のように駆け巡る痛さを伴う苦痛の連続と、身を粉にして頑張ってくれている母娘の歯科医に、自身の人生の苦難を重ねあわせて、苦難を乗り切る糧とできました。
長い時期の治療が終わって、母先生が根をつめた治療から、脱力感をみせていましたが、ご苦労様でしたと労う言葉を伝えながら、人生すべてに人の恩恵ありと、素直な心境を噛み締めることができました。
昨日急患の形で治療をしてもらった歯医者さんが、今日特別に時間枠を作ってくれて、治療室では一人だけの患者として、母娘先生による治療をうけることができました。
昨日の治療方法を巡る母娘の相談の結果が、出来るだけ抜歯をすることなく、何とか傷んだ歯を生かす方法を考えて、先ずは二本の歯の神経を抜くこととなり、ほぼ二時間に亘って口を大きく開けた状態でいたのです。
麻酔の効いた顎が麻痺してしまい、先生が神経を抜く作業の困難さが実感でき、治療作業の痛さと口を開けた苦痛の継続は、正気の限界を知らされるほどでしたが、女医さんが無心で作業をされている様子をみるにつけ、苦痛よりも治療する一意専心の厳しい労働環境を思い、手を合わせ土下座をしても、償いできない位のご尽力を身に知ることになったのです。
施術技術の度量とか素人が迂闊に述べることが憚るくらい、労力の限界まで医療奉仕をされていることに、改めて尊敬の念をもち、勝手な愚痴はいえないことを知らされました。
確かな正直な気持ちは、長い時間を椅子に固定されて、口を開けたままで治療する痛みに耐えることは、医師に訴えていいのかも知れないのですが、これを耐えれば楽になると呪文をかけてまで、忍耐の価値感を磨くことが身につけられたのです。
時間と共に意識が薄れていく自分があって、その感覚は、ひょっとすると修行僧の苦行にあるのかと思えるほど、無心で無欲な環境に落ち込んでいくのを覚えるのでした。
暫し気が遠くなる幻覚は耐える楽しさを覚えさせ、自分の忍耐限界を知り、精神統一の自己修練とすることを、異常事態の治療の中で学びとることができ、一種の悟りを開けた新境地を味わってしまいました。
ある種の肉体労働を目の当たりにすることになって、我が身の病を無心になって治療をされているお医者さんを、自身の至宝と評価でき、治療の時間だけでも大きな感謝の心を養うこととしました。
走馬灯のように駆け巡る痛さを伴う苦痛の連続と、身を粉にして頑張ってくれている母娘の歯科医に、自身の人生の苦難を重ねあわせて、苦難を乗り切る糧とできました。
長い時期の治療が終わって、母先生が根をつめた治療から、脱力感をみせていましたが、ご苦労様でしたと労う言葉を伝えながら、人生すべてに人の恩恵ありと、素直な心境を噛み締めることができました。