我が家の狭い庭に無理矢理に植えつけている、過密すぎる木々の若葉が揃い踏みして、新緑の濃淡と色素の違いが際立ってきて、観る目が飽きなく暫しの時間を楽しむことができています。

勿論のこと百花繚乱の花も素敵なのですが、樹木によって違う若葉の色が交錯する奥深さは、晴れてよし曇ってよしの味わいがありますし、針葉樹と広葉樹とを良く見れば観るほど、一本一本の特徴をもって春本番の息吹きを見せ付けています。

その中でも際立って若葉が綺麗に観得るのは、伽羅木の萌えがあるのですが、素直で純粋なその緑は好感が持てますし、萌芽の密度が奥豊かさを表現してくれています。

広葉樹では柿の若葉が透き通る品のよさを見せつけてくれ、いまの時期が最高調なのですが、これから気温の上昇と共に害虫とか病害が出始めますと、とたんに薄黒く見る影もなくなってしまいます。

ほぼ一年中庭木の手入れをしていますが、なんといっても今の季節が鑑賞するには最高ですし、気分爽快の心と目の保養にも最適の時期になています。

すでに小さな害虫が動き出していますが、間もなくすべての樹木がアブラムシとかカイガラムシとかに汚染されてしまい、樹木もそうですが手入れをする立場の煩わしさと、虫による公害が甚だしく迷惑を蒙ります。

角地にある我が家から、三方のお宅の180度の範囲の新緑も楽しむことができ、それぞれ好みによって植えつけた種類の樹木があって、贅沢な借景として目を楽しませてもらっています。

植えつけ方や手入れの仕方がちがっていて、庭の雰囲気も個性があって、家屋と庭のバランスが四季によって変容する姿を拝見できるとは、ちょっとばかり贅沢なのかも知れません。

我が家の生活レベルが汲々としている状況からすれば、この新緑の背景だけは贅沢すぎる時空が手にでき、窓から外を眺められる時間がほんのちょっぴりの至福環境なのです。

ここのところの困窮を深めていた事態が和らぎ、精神的な安らぎの手当てが保証されてきたからでしょうか、いつもの事務的な忙しさから逃れて、無意味な眺めの時間を過ごしているのですが、こうした無駄な時間を過ごす意味合いも有益であるようです。

自然と共に自然からの恵みを享受している自分を誇れることを、ただ自己満足に独り善がりをするのではなく、ここのところ世の中から学びを受けさせて貰った、生かさせてもらっている報恩を、社会還元を務めなければなりません。

最終的にはすべてを、世のなかの為に納めさせてもらえる心構えは、今回の人生修業で一番に身につけることが出来た至宝なのですから、目にできている素晴らしい環境を通して
、心安らいだ値を人様の為に提供させてもらいたいと思うのです。