昨日とは打って変わった初夏の汗ばむほどの陽気になって、JR車内では、太陽を背にすると上着が要らないくらいの、穏やかな最高の一日となりました。

颯爽とJR中央駅から多くの人ごみをかき分けて、約束の場所を目指して闊歩していましたら、前から来るマスク姿の目線が迫ってきて、急に立ち止まって目礼をしてくれるのですが、大きな流行マスクではお顔が認識できなく、怪訝なまま頭を一緒に下げてみました。

相手の方がマスクを外しながら、すいません、すいませんの連発の声で、漸く取引先の銀行の担当者であることが理解されて、縋るように、請い願い続けている自分以上に、すいませんたった今しがた事務所に電話を掛けたところですと、平身低頭で初めての握手を求められてしまい、お互いが向き合ったままの握手姿で、暫し丁重な挨拶を受けることになりました。

JR駅から独り言のように呟きながら、世の中が絶対に見守ってくれると、見捨てることはしていないからと、やけに大上段な気合を入れていたところに、目指す方が真正面から頭を下げながら握手をしてくれたのですから、時の巡り会わせとは、計り知れない剛毅な偶然性を齎してくれるものを、体験させてもらいました。

長い年月の間課せられた宿題が、何とか上手く解決してくれることを念じ、不思議な出会いから分かれながら、約束の明日の連絡を楽しみに出来たことを、ニコニコと心底喜んでいるところです。

そのまま帰路に乗ったJRは、発車時刻まで暫しの間ゆったりと空いた座席に座って、何気なく真正面に座った母子の挙動を目線で追っていましたら、3・4歳の元気な男の子は大きな唸り声を出して、母親と対面して忙しそうに遊んでいて、立ったり座ったりの動作を繰り返していました。

時々椅子の上に横向きと成った子供さんの目が、一心にお母さんの眼を見つめている姿は、ただならぬ気迫を感じられ、引き続いて親子の手話が始ったときの大きな衝撃は、ハット我を取り戻してくれるのでした。

聾唖の障害をもったお子さんとは気付かないほど、元気な声で遊んでいましたので、先ずはお気の毒な一生を憂いてしまったのですが、立派な体格で元気な唸り声を発し、母親との手話を器用に使っての会話を観ながら、心底からの応援を伝達させてもらいました。

外見からでは見て取れない親子の苦悩は、深い愛情をもって障害を乗越えていく元気さに、活き活きとした二人の眼から感動も覚えさせられました。

偶然見合ってしまった銀行員の眼と、聾唖者である少年母子の眼が、今も目に焼きついているのですが、何時何処でも誰からも、観られている自分の眼を意識して
、常に精彩があって何かを感じ取って貰えることを心掛け、今も目をまん丸にしているところです。