早春の爽やかな風が心地良く感じる季節に、心許せる仲間との語らいほど気持ち穏やかな一時はありません。

23階の会合する部屋からは、薄霞のはった界隈が見渡せるのですが、陽春が差し込んでぽかぽか陽気に、語りあう友との胸襟が、時間とともに開いていくことが感じ取れました。

年齢は少しだけ下の方ですが、長いお付き合いの中で話しをすることがなかなか機会が無くて、顔だけをあわせる交流が続いていたのですが、たまたま座った隣の席に座り合わせたのです。

食事の再に先方から話しかけられて、雑談に応じていましたら、時間とともにいろいろと気配りをしてくれて、積極的な相談を持ちかけられてしまいました。

素直に言わせて頂ければ、まったく思いがけない言動を聞かされてしまい、意外なことだけにとっても嬉しくて、春の陽気そのままに気分良く食事を済ますことができました。

堅苦しいことばかりを話すことが高尚でないこと位は理解しているのですが、何時もいつも会うたびに余興の遊びを種にしては大人気ないし、競った掛け金とか夜のネオン街の噂話では、いくらなんでも度合いが過ぎれば、好い加減に飽きがくるのです。

その場の環境を判断することなく、自分たちの勝手な判断で、我が物顔で破廉恥な行為をしていては、決して大人のすることではありません。

とかく聞きようでは、下品にしか受けることができない、馬鹿声と内容には、ただ呆れてしまうのですが、お利口であればその辺の空気は読めるはずなのですが、とても残念なことです。

ほんの限られた方が大切な場の空気を荒らしているのですが、こうした懸念は、周りにいる誰しもが同じように感じ取っていて、機会があれば直言をしようと悩んでいたようでした。

その内のお一人が今日の隣席にご一緒された方でして、偶然にも出会った機会を捉えて、前向きなご意見を伝えてくれたのでした。

たまたまですが、会場を去るときに出会った会場責任者の方が、4月の転勤に際して御別れのご挨拶がされて、その立ち話でも、第三者の立場で観察されたご意見を述べられてくれました。

こうした話題は内部よりも、外部の方が良く見極めているもので、まったく同じ評価で心配をされていることが改めて理解することができました。

立場立場で慣れてしまうと、とんだ誤解や迷惑を掛けることになる、悪例の典型を教えてもらうことができて、心新たな気構えをすることができました。

生まれ持ったその人の役割があるとすれば、時には強い意見を主張して、伝える真意を伝えていかなければならないのでしょう。

そんな生き甲斐と喜びを積極的に身につけながら
、与えられたあり難い役割を熟成させていきたいと念じているところです。