午後から車で移動していましたら、所々で小雨になったり晴れたりしながら、空を見上げれば砂埃が舞っていて、時々吹き付ける突風に、車のハンドル操作がままならない程でした。
車のラジオから流れるニュースで、この突風は昨年から比べて9日遅い、春一番になったことを知りました。
場所によっては砂嵐でもって先の視界が悪くて、運転が非常に危険なところがありましたが、これは地形が影響するのでしょうか、気流の流れによってでしょうか、真っ直ぐな一本の道を進むほどに、天候模様が七変化してくるのです。
朝の天気予報でもって知ったことは、昨日よりも寒くなることを心配していたのですが、午前中は暑いくらいの初夏の陽気となって、気になっていた先祖の御墓参りを済ますことができました。
我が家代々の仏さんのなかでも、一番新しい仏さんである父親の祥月命日に合わせて、先祖代々のお墓参りを毎月欠かさずにしていたのですが、今月は何かと多忙な月になってしまい、漸く今日に役目を果たすことができほっとしているところです。
ましてや夕刻の今となっては、真冬に逆戻りの寒さがぶり返して、低気圧の突風が一段と猛威をみせて、庭の木々も電線もあらゆるものを巻き上げて吹荒れています。
自然界の猛威といいますか、物凄い勢いを時々恐ろしく感じるくらいなのですが、地震も台風も竜巻も、ありとあらゆる自然界の猛威は、人が成せる力では到底抑制することが、できることではありませんね。
日々平穏な日和では、まったく考えも及ばないことですし、四季の陽気を心行くまで愛でることができ、まったくもって当たり前のこととして享受しているのですが、自然界の脅威は常に心していくことなのでしょう。
最近心配されている、自然破壊からくる様々な天候異変も、長年に亘って我々人類が余りにも傲慢な驕りがあったからこそ、こうした危機的な環境破壊となってしまったのですから、改めて脅威を身に感じた個々の意識をもって、自然界と交わる必要があります。
ですからいつも思うことなのですが、所詮はこの地球上に生かさせてもらう立場の人類だと強く認識をすることが、こうした荒れた天候を体験するたびに、認識を新たにできることなのです。
家屋や車が飛ばされてしまうのではと、本気で心配するくらいの強風が、轟々と恐怖感を煽るくらいに感じているのですが、こうして成されるままに生きる受動的な立場も、極々普通なこととして受止めておきたいものです。
人類が自然界を制覇して、形になるもの全てを自由に管理できるものと、錯覚の傲慢をもっているのですが、自然災害を経験するたびに、その浅はかな自慢が間違いであることを知らされるのです。
おどおどしながら申し訳なく、大自然界を拝借して喜びと感動をもって
、地球上に住まわせて貰っていることを心の中に強く認識して、自然界に報恩できる謙虚さを学びたいものです。
車のラジオから流れるニュースで、この突風は昨年から比べて9日遅い、春一番になったことを知りました。
場所によっては砂嵐でもって先の視界が悪くて、運転が非常に危険なところがありましたが、これは地形が影響するのでしょうか、気流の流れによってでしょうか、真っ直ぐな一本の道を進むほどに、天候模様が七変化してくるのです。
朝の天気予報でもって知ったことは、昨日よりも寒くなることを心配していたのですが、午前中は暑いくらいの初夏の陽気となって、気になっていた先祖の御墓参りを済ますことができました。
我が家代々の仏さんのなかでも、一番新しい仏さんである父親の祥月命日に合わせて、先祖代々のお墓参りを毎月欠かさずにしていたのですが、今月は何かと多忙な月になってしまい、漸く今日に役目を果たすことができほっとしているところです。
ましてや夕刻の今となっては、真冬に逆戻りの寒さがぶり返して、低気圧の突風が一段と猛威をみせて、庭の木々も電線もあらゆるものを巻き上げて吹荒れています。
自然界の猛威といいますか、物凄い勢いを時々恐ろしく感じるくらいなのですが、地震も台風も竜巻も、ありとあらゆる自然界の猛威は、人が成せる力では到底抑制することが、できることではありませんね。
日々平穏な日和では、まったく考えも及ばないことですし、四季の陽気を心行くまで愛でることができ、まったくもって当たり前のこととして享受しているのですが、自然界の脅威は常に心していくことなのでしょう。
最近心配されている、自然破壊からくる様々な天候異変も、長年に亘って我々人類が余りにも傲慢な驕りがあったからこそ、こうした危機的な環境破壊となってしまったのですから、改めて脅威を身に感じた個々の意識をもって、自然界と交わる必要があります。
ですからいつも思うことなのですが、所詮はこの地球上に生かさせてもらう立場の人類だと強く認識をすることが、こうした荒れた天候を体験するたびに、認識を新たにできることなのです。
家屋や車が飛ばされてしまうのではと、本気で心配するくらいの強風が、轟々と恐怖感を煽るくらいに感じているのですが、こうして成されるままに生きる受動的な立場も、極々普通なこととして受止めておきたいものです。
人類が自然界を制覇して、形になるもの全てを自由に管理できるものと、錯覚の傲慢をもっているのですが、自然災害を経験するたびに、その浅はかな自慢が間違いであることを知らされるのです。
おどおどしながら申し訳なく、大自然界を拝借して喜びと感動をもって
、地球上に住まわせて貰っていることを心の中に強く認識して、自然界に報恩できる謙虚さを学びたいものです。