一昨日昨日と筑波山に出かけた折のことですが、部屋の中で仲間5人が向き合って、お酒を交わしながら話すことは、出だしは在り来たりの四方山話であったのですが、時間が経つに従がって個々の人生論に結びつく苦楽の体験を、十二分に味わいのある声で感激をもって、語り合うことができた様は、ある種の人生訓を分かち合えたと感じがしています。

仲間達との普段のお付き合いの時間内では、肝心要の必用な話題だけが優先されますので、個人的な話題は極々平凡なものになりがちで、以外にもお腹の奥に隠された悩み事とか難事を知りえないことが多々ありがちです。

案外にも古いお付き合いになる方でも、知っている心算の情報は随分と限られた範囲であることがあって、たまにある二人だけでの個人的な会合の中でも、家庭内とか事業所内の詳細は、極々上辺だけの話題に限られるものです。

夜遅くまで部屋の中で語り合える場は、同じ時空に居合わせる仲間意識が働くのでしょうか、限られた空間での家族的な一体感として結び合うのでしょうか、親身になって人生相談ができる信頼関係が醸し出されました。

子供のころからの性格なのですが、自身の家庭内の詳細を公言する毅い子でなく、へんてこな大人びた弁えがあり、同じ世代の友人との交流の中では、殆どが聞き役を通してきた記憶があります。

いま年齢的に初老の仲間入りになりますと、個人的な悩みが複雑に絡みあってきて、その殆どの原因としては、人間関係とお金に纏わる事案がすべてであり、頭を悩ませる因果になっていることを認識できました。

外見上から受けるは素敵な服装で何時も身を包んでいる方でも、何時も何時もゴルフの話で元気にされている方でも、一人静かに孤高を誇っている方でも、みんな同じ人の苦悩の道をそれぞれが歩んでいると言うことなのです。

他の方がどれ程苦悩を積まれた体験を話されても、今現在の心境は峠を乗越えた自負があって、安堵のなかの思い出話がほとんどでしたが、聞き役の自身としては、まさしく苦悩が現実にあり、様々な対処と対策を講じている最中の身なのです。

良き経験談を聞くことができたと、前向きに解釈をすれば済むことですが、苦楽の体験談を公言すれば総てが一気に解決されるわけでなく、自身に与えられている難事は自身の立場で解決をする剛毅な方策しかないのです。

対峙する苦楽の出来事から逃げ去るのでなく、堂々と受止めて対処できる環境を構築させることが、最善で最高の肝要ごとと信じています。

体験談を語り合える仲間の存在を嬉しく思いつつ
、安易に語ることが簡単な解決に繋がらないことを、充分に認識しなければいけないことで、人に頼り過ぎる弁えは強く固く心得たいものです。