年末から年初に掛けては、あまりにも身に余るほどの暖かな陽気に恵まれていて、午後からの居間では資料や書物を読んだり、パソコンを開いたりしている時間は、まったくもって至福の時間となっています。

明るい日差しが燦燦と差し込んで、書物の細かな字も読みやすく、上着を脱いでも身体の芯から温まり、暑い位の贅沢ができているのですが、せめても自然界からの恩恵を精一杯受止められる時間を、感謝をしながら過ごすことにしました。

今日こうして資料に目を通していますと、普段から知っている心算でいた情報が、まったくの上辺だけの曖昧なものであったことを、ここのところ続けて実感することとなって、正直なところ反省するよりも、浅く理解していた自身が情けなく感じているところです。

年齢的にも経験的にもある程度は理解していたことが、改めて書物の中から真髄になる理念を教えられているのですが、書かれている書物の文字は読めて目に入っても、奥深い文書の内容をお腹の底から理解できていたかというと、読んだことがあったということだけの、ひ弱な理解度であったわけです。

人さまの話しや書物を読んで、一時は感動を覚えて納得しても、それは、一時の見惚れた聞き惚れた心算の浅はかさでもあったのです。

人のお付き合いでも同じことが言えて、一見では決して上辺の判断となってしまうことを、確りと心の中に受止めておきたいものです。

知った心算のことが世のなかには沢山あることを、まずは自ら認めて、すべてに謙虚で寛容をもった豊かな心遣いをもちたいものですし、つねに知ることへの情熱を持ち続けて生きたいものと思っています。

それにしても知った心算の多いことを、年甲斐も無く実感しているのですが、遅まきながらも新たな知識に感動できる喜びを味わって
、にやっとして悦にしている自分を叱咤して、人様へのお裾分けを心得たところです。