こんにちは。
やわらぎゆきこです。
さて今日は
股関節の痛み、膝の痛み対策の
2つ目
「冷えとり氣功」のお話です。
お話を 2024年の10月に戻します。
その10月、わたしは9日間の
アメリカツアーに参加しました。
その当時、股関節の痛みは
ほぼ無くなっていましたし、
膝も楽になって
普通に歩けるようになっていました。
なので、9日間のツアーに参加しても
大丈夫![]()
と思っていましたが、
その見込みは甘かったのでした。
股関節の方は大丈夫だったのですが
そのツアーの間に
膝をひどく悪化させてしまいました。
その原因は、冷房でした![]()
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10月とは言え向かった所は砂漠地帯。
連日30度以上もあると
天気予報で聞いていましたので
持って行った服は
どれも薄手の夏用の物ばかり![]()
アメリカ国内の飛行機の中は寒い、
と前情報が入っていましたので
対策はして行ったツモリでした。
でもそれも、甘かったのです![]()
羽田を飛び立った飛行の機内は
普通に冷房が効いていました。
冷房対策はしていったのですが、
13時間ほどもあまり動けず、
エコノミー症候群対策に
足や脚を動かしてはいましたが、
冷房には勝てませんでした![]()
それで十分に冷やされてしまいましたが、
アメリカ国内の機内の寒いこと![]()
まさに、ハンパない![]()
聞きしに勝る、とはこのこと![]()
10月とはいえ、向かった先は
砂漠地帯。
飛行機から降り立つと
そこは灼熱の世界![]()
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だけど、機内はまるで
極寒の世界 ![]()
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日本でも10月とはいえ
まだ暑い日もあり、
夏使用のカラダのままで乗った飛行機。
そんな無防備なカラダに、冷房は
容赦なく染み込んできました![]()
飛行機だけではなく
バスも、ホテルも
キンキンに冷えまくってました![]()
でも現地のアメリカの人たちは
平気そう。
本当に、どこへ行っても
ホテルに帰ると、まずは冷房を切って
窓を開けていました。
とても楽しい旅ではありましたが、
カラダはキンキンに冷やされて
そのせいで、膝は
日を重ねるごとに腫れ上がって、
帰る頃には、足を引きずって
歩くようになってしまい
アメリカの広い空港内での移動は
電気カートに
乗せていただくようになっていました![]()
帰りの機内でも
オマケ
とばかりに冷やされましたが、
ありがたいことに
無事に家に帰り着くことが
できました![]()
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でも膝は、
冷えびえと腫れ上が
曲がらなくなっていました![]()
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わたしは自分の膝を見て、
母を思い出していました。
わたしの脚は、母にソックリ。
母は晩年、変形性膝関節症を患い
痛んで腫れあがって、
人工
そして母の最晩年は、
次から次へと 色々な病気にかかって
「どう
こんなに辛い目にあうのだ」
と、わたしに
八つ当![]()
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そして
「あんたもそのうち、
私のようになるんだから」
という言葉を
投げつけてきたんですよぉ~![]()
わたしは、
コレは 呪いだなぁ~![]()
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と思いつつ、
「わたしはお母さんのようにならないよ。
なぜなら、わたしはお母さんと違って、
カラダを大事にして、
健康
と言い返していました。
でもいま、
こうして振り返ってみると、
わたしも母と同じように
カラダにムチ打ちながら
生きてしまったのだなぁ~
と感じています![]()
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母は、
わたしの不幸を願ったワケではなく
腹立ちまぎれの言葉を
投げつけただけだったのでしょう。
でもそれは、
わたしの潜在意識に潜みこんで
母と同じように
膝を痛める行為を誘発したことで
成就させてしまったワ![]()
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でも一方で
「若返ろう」という決心を促し、
本気でカラダと向き合うための
キッカケとなってくれた
ワケでもありますから、
「呪い」ではなく
「予祝」
のカモ知れませんね![]()
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お話が長くなってしまいました。
治りかけていた膝ですが、
「冷え」によって再度
悪化させてしまった わたし。
でも、その原因は
「冷え」にある![]()
とハッキリしてましたので、
その対処法もシンプルに
「冷え」を取ること![]()
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コレは「冷えとり氣功」の
光龍先生にお願いするのが早道だ
と思いました。
つづく


















