おはようございます。

 

今回のテーマは、また会いたいと思われる人の絶対ルールです。

 

その中からこれを続けていると「話したくない」と人から避けられてしまい孤立する危険があります。

 

 

是非、最後まで読んでいただき当てはまるものがあったら改善するように努めましょう。(^^♪

 

 

では、最後までよろしくお願いします。

 

 

 

 

 

 

世の中には2種類の人がいます。

 

 

もっと話をしていたい」と思われる人と、「できるだけ話したくない」と思われる人です。

 

 

 

できるだけ話したくない人」には、共通点が3つあります。

 

1、言いたいことを一方的に話す

2、使う言葉や言葉遣いが荒い

3、嫌味や余計な一言を言う

 

 

この3つです。

 

それぞれをもう少し深く見ていきましょう。

 

 

 

 

 

言いたいことを一方的に話す、はマナー違反

 
 

会話は言葉のキャッチボールです。言葉とは、その人が感じたこと、考えたことです。

 

 

つまり会話とは、思考や感情のキャッチボールなのです。互いに思ったこと、感じたことを投げかけ、受け取る。

 

 

それが会話であることを忘れて、一方的に自分が言いたいことだけをまくし立てるのは、マナー違反です。

 

 

 

これをやられたら、その人と話をするのが嫌になります。

 

 

私が、私を、私に、私の、私だけ……

自我は「わたし」を一方的に主張して、相手に付け入る隙を与えません。

 

 

 

もちろん相手にも自我がありますから、これをやられたら、相手の自我が傷つくのです。

 

 

かくして「自我」VS「自我」がぶつかり合った結果、弱気な方、繊細な方が、表面上では相手に合わせ、心の内では、「もうこの人とは話したくない」と、相手を嫌悪することになるのです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

言動が荒い人には近づきたくない

 
 

ガチャン、バタン、ドカン……。

 

 

私事の話になりますが、先日、ホテルのバイキングで隣に居合わせた男性は、終始大きな音を立てていました。

 

 

 

ご飯のジャーや、欧風カレーの寸胴の蓋をバタン、バタンと、それはそれは大音を立てて閉めるのです。

 

 

 

しかもその男性は、私がまだ料理皿のトングを置く前に、横から手を伸ばしてくるのです。

 

 

この距離感と遠慮のなさは、恋人か子どもしか有り得ない……。

 

 

 

 

私はその男性の側から離れようと、料理を取るのをやめて、自分の席に戻りました。

 

 

 

 

しかし……こともあろうか、その男性は私のすぐ後ろのテーブルに席取りをしていたのです。

 

 

そして、その男性は、食事中ずっと耳障りな音を出し続けていたのでした。

 

 

 

行為とは「」です。

 

 

 

私たちは、その人が成す行為に伴って出す音によって、その人を好ましく思ったり、疎ましく思ったりします。

 

 

同じように、言葉も「音」です。

 

その人が発する言葉や言葉遣いの音によって、その人を好ましく思ったり、疎ましく思ったりします。

 

 

 

 

 

 

 

 

無意識のうちに相手を下に見ていないか

 
 

言葉や言葉遣いが穏やかな人は好かれ、荒い人は嫌われます。当然ですよね。

 

 

問題は、自分の発する言葉の音が、自分には聞こえないことです。

 

 

知らず知らずのうちに、つい、乱暴な言葉で、横柄に話してしまう。

 

 

 

 

私はこの現象を、「慢(まん)のタレ流し」と呼んでいます。

 

慢とは、仏教の言葉で、自分と相手を比較して、相手が自分より上か、下か、同等かの3つに分類する心のことです。

 

 

 

 

そして、相手を自分より下だと見ると、無意識のうちに乱暴な言葉で、横柄な態度で話してしまうのです。

 

 

当然、そのような言葉や態度で話をされた方は、「もうこの人とは話したくない」と、相手を嫌悪することになります。

 

 

 

 

 

 
 
 
 
 

何気ない会話をしているだけなのに、嫌味や余計な一言を発する人がいます。発する言葉にいちいち棘(とげ)があるのです。

 

 

生きるということは、心に何かを思い、思ったことを口に話し、身体で行為することの連続です。

 

 

 

言葉に棘があるということは、心に棘があるということです。

 

 

 

バラの棘は、自分を守り、相手を攻撃するためにあります。

同じく自分に自信がない人は、棘をもって自分を守ろうとします。それが嫉妬です。

また、心に怒りを持っている人の言葉にも、棘が生じます。発する言葉が攻撃的になるのです。

 

 

 

 

 

問題は、心中に秘めている嫉妬や怒りに、自分では気づかないことです。

 

 

 

 

私はこの現象を、「瞋(じん)のタレ流し」と呼んでいます。

 

 

瞋(じん)とは仏教の言葉で、怒りのことです。嫉妬も怒りの一種です。

 

 

 

自分に自信がないが故に他人に嫉妬する。心に怒りを秘めているが故に、発する言葉が刺々しくなる。

 

 

何気ない会話をしているだけなのに、嫌味や余計な一言を発する人は、心に怒りを抱えているのです。

 

 

 

また、怒りは心の炎症だとも言えます。小さな炎症であっても、続けば心は疲弊します。疲弊すればするほど炎症は酷くなり、発する言葉の棘も大きく、多くなってしまうのです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

人間関係をギスギスさせる話し方の根本原因

 
 

これら、「できるだけ話したくない」と思われる人の3つの共通点は、実は「話し方」の問題だけではなく、その人の心の問題を表しています。

 

 

 

仏教では、心を水のようなものだと捉えています。

 

 

水にお茶の成分が溶けていれば、お茶の味がします。コーヒーの成分が溶けていれば、コーヒーの味がします。

 

 

 

同じように、心に「我」が多く溶けていると、その人の話し方は、自ずと「我」を主張する、聞き辛いものになります。

 

心に「慢」が多く溶けていると、その人の話し方は、自ずと「慢」に毒された、聞き辛いものになります。

心に「瞋」が多く溶けていると、その人の話し方は、自ずと「瞋」に満ちた、聞き辛いものになります。

 

 

 

 

 

それらが人間関係をギスギスさせる話し方につながってしまうのです。

人は人の間でしか生きていくことができません。だから人間と呼ぶのです。

 

 

 

そして、人間は言葉によってつながり、言葉によって支え合っています。

当然、コミュニケーションが下手な人は、生きづらくなります。

 

 

 

 

 

人間関係をギスギスさせる話し方をしてしまう人は、話し方の前に、心がギスギスしている可能性があることを、忘れてはなりません。

 

 

 

人間関係を円滑にする話し方。人間関係をギスギスさせる話し方。

 

 

 

どちらも、その言葉を発する人の「心」によって決まります。

 

 

 

そのことを知って、己の心を清らかに、穏やかに保ちたいものですね。

 

 

 

良かったら参考にしてみてください。(^^♪

 

 

 

 

今回のお話は以上となります。

 

最後まで読んでいただきありがとうございます。(^^♪

 

 

 

 

 

 

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自律神経が整う考え方 ストレスや不安を抱える人へ 

 

[ 原田賢 ]

 

 

 

 

良かったら過去に書いた記事も読んでくれると嬉しいです。

 

 

 

・前回の記事↓

一人暮らし人はお菓子の食べ過ぎに注意!~解決策あります~

 

 

 

 

それでは、また次回の記事でお会いしましょう。

 

 

 

バイバイ(@^^)/~~~

 

 

 

おしまい