こんばんは!最近忙しくなってきたカンナです!


更新は頑張ってやっていきますので、よろしくお願いします^^


2日続けて非日常に出会いましたのでご紹介を・・・


3連休の最終日のこと、アーケード街を歩いていると、

外国人と日本人の男の子2人組が歩いておりました。


正直、以前は外国の方が歩いていると珍しいと感じていたものですが、
最近はほとんど違和感を感じない世の中になりました。


ほほう。いい世の中になったもんだね。
少年のうちから国際交流ができるなんて、いい経験だよ。


と、通り過ぎる私。直後に振り返る私。
熟練の警察官が犯罪者を見た瞬間に、「こいつ、怪しい」
根拠こそないが、なんとなく感じる、そう、ちょっとした違和感。

そんなものを私も感じ取りました。


その外国人の男の子は甚平だったんです。


いや、それだけなら、それでも違和感を感じなかったかもしれません。
着こなしもいたって普通。外国の人って、結構和服が似合います。

見渡して、気付きました。


実際に私が感じた違和感の正体は、甚平の外国人と一緒に歩いている日本人の男の子が洋服だったことでした。


「いや、君も和服にしなさいよ・・・君が着てあげないとさ・・・」

和洋折衷な2人を見て、どことなくむずがゆい気持ちになりました。



更にその翌日(今日です)


営業車を運転していた私。
次の営業先へ車をとばす私。

前を行く原付。
どことなくプルプルしている原付。

そう。運転しているのはおじいちゃん。

どこにでもある普通のカブなのに、
「スポポポポ・・・・」っていう音が非常によく似合う感じのおじいちゃん。

営業で急いでいるのに、狭い道でゆっくり運転して、
それでもまったく怒る気になれないオーラをかもし出しているおじいちゃん。

「スポポポポ・・・・(私の心に聞こえる音)」

「カッチ、カッチ・・・(左ウインカー)」

ほほう、左折するのね。ほのぼのしていたけど私営業中ね。
急いでいたのね。ようやく抜けるのね。


本来の目的を思い出し、抜き去ろうとする私に
「引っかかったな、この野郎」
とばかりに突然右折を始めるおじいちゃん。


「キキーー!!(ブレーキ音)」
「スポポポポ・・・・」


ブレーキ音に振り返ることもなく、マイペースに右折して去っていったのでした。

そして、もはや感動すら覚えてしまった私でした。

今回は名言第3回^^


タイトルは、古代ギリシアの哲学者、デモクリトスの言葉です。


幸福と不幸、運がいいとか悪いとか・・・誰もが考えたことのあるテーマだと思います。
私も、結構考えます。どういう人が運がよくて、どういう人が悪いのか・・・
で、考えた結果、私なりの答えが出ました。


私なりの答えの前に(もったいぶっているようですいません。。;)
皆さんは、自分で運がいいと思いますか?それとも悪いと思いますか?


実は、この質問で皆さんが出した答えが、そのまま皆さんの運の良さであると言えます。

つまり、自分で運がいいと思っている人は運がよく、悪いと思っている人は悪いということです。


・・・「当たり前だろ!」って怒られそうですが、

結論的には、運がいい、悪いは、タイトルの通り、自分が決めるものです。


例えば、あなたが交通事故に遭ったとしましょう。
それで、腕の骨を折りました。

Aさんは「最悪だ、いきなりぶつかられて、骨を折ってしまった。なんて運が悪いんだろう」
と考えました。

Bさんは「車にぶつかられたのに、死なずに、腕の骨を折るだけで済んだ。なんて運がいいんだろう」と考えました。


この2人に起こった出来事はまったく同じものなのですが、2人の考え方の違いによって、
Aさんにとっては「運の悪い出来事」が1つ増え、Bさんにとっては「運のいい出来事」が1つ増えました。


これが積み重なっていくと・・・もうお分かりでしょう。

Aさんは(Aさんにとって)運の悪い出来事が多くなるため、自分を運の悪い人間と思うようになり、
Bさんは(Bさんにとって)運のいい出来事が多くなるため、自分を運のいい人間だと思うようになります。


また、運のいい出来事、悪い出来事に遭遇すると、人に言いたくなるのが人情というものです。

AさんとBさんは、起こった出来事は客観的に見て同じなのですが、

Aさんは他の人に運の悪い出来事を多く話すことになるでしょう。
逆にBさんは他の人に運のいい出来事を多く話すことになるでしょう。


そして、他人からも、「Aさんは運の悪い人」「Bさんは運のいい人」と
思われるようになり、

自他共に認める「運のいい人、悪い人」が出来上がってしまうわけです。


ということは、逆の考え方をすれば、運がいいかどうかを決めるのは自分なのですから、
たった今から運のいい人になれるということです。


今から、自分に起こった出来事を、できるだけいい方向に考えるということです。

簡単に言えば、プラス思考になろう!ということですね。

自分に起こる出来事を、「いい出来事」にしてしまうんです。

慣れていない人には、最初は難しいかもしれません。
ですが、やってみると結構面白いです。

ぜひ、今日からやってみてください。

運のいい人に、きっとなれることでしょう。


幸、不幸の話にしても、他人からはその人が幸せかどうかわかりません。
決めるのは本人なのです。

どんなに裕福でも満たされていない人は存在し、逆に、どんなにお金に困っていても、充実して幸せだと感じる人もいます。それを決めているのはすべて本人です。

人生を終えるその瞬間に「いい人生だった」と思えるのが幸せというものではないでしょうか。

日頃からの考え方をちょっと変えるだけで、「いい人生」になっていくと思います。

5日ぶりです。

ちょっと会社の研修に行っておりまして、書けませんでした。

申し訳ありません(・・;)


気を取り直して・・・どうも、カンナです!!^^


本日は、前々から思っていることを書こうと思います。

本や、目上の人に「目標を持つと良い」と言われたこと、
おそらくほとんどの方が経験していることでしょう。


でも、最近、目標や夢の無い人が多い世の中と言われています。

実際に統計を取り、過去のデータと比べてみないとはっきりしないとは思いますが、

最近の世相を見ていると、確かにそういう印象を受けます。


ですが、もう少し掘り下げると、夢が無いというよりは、あるけれど到底叶わない、と諦めている人が多いというのが実際ではないでしょうか。


「やりたい仕事はあるけど、自分には到底無理だ」

「ゴール地点まで遠すぎる」

など、やる前から目測で判断して諦めている人が多いようです。


例えば、ある小学生が、「跳び箱8段、跳びたいけど、あんな高いの無理だよ」

と言っていたとしましょう。

「いやいやそんなの、練習したら絶対いけるよ!」ってみんな応援しませんか?

「まず、5段を跳んでみようよ。跳べたら、次は6段でさ・・・跳べたじゃん!じゃあ次は・・・」

みたいにやりますよね?


でも、人生のこととなると、そう思えない人が多いんです。

いきなりゴールのみを見てしまい、「自分の学力、経験の無さじゃ無理だ」
なんて、先程の小学生と同じようになってしまう。


だから、小さな目標から立てましょう。

最終目標(夢)と、現在の自分の状況を図に書いてみるのもいいでしょう。

始めは、絶望を感じてしまうかもしれません。

でも、ひとまず絶望感を抑えて、今度は、目標までのステップを書きます。

目標達成までに何が必要かを書くわけです。

すると、その必要なことが、小さな目標になります。

それを一つクリアすると、夢に近づくということです。


よくある例えで話すなら、

現在の自分が夢を思い浮かべて絶望するのは、

高い崖の上を見上げて「こんなの登れるわけない」と思っているようなものです。

ですから、その崖に階段を作っていき、それを一段ずつ登ろうという感じですね。

作った階段がまだ高すぎるなら、それをさらに細かい段に分けます。

「日々の目標」みたいに、さらに小さな目標を作るわけです。


でも、あくまで最終目標は頭の中に入れておく。

つまり、大きな目標と小さな目標を同時に持っておくことが大切です。


大きな目標だけだと絶望を感じてしまうことがあり、

小さな目標だけだと、何のためにやっているかを見失いがちになります。


これが効果的な目標の持ち方です。


今の時代、職業にしても、学びの機会にしても、
昔に比べて選択肢は非常に多くなっています。

ですが、そのことが逆に選択を難しくし、目標を持てなくなりがちだというのも事実です。


せっかく目標があるのなら、絶対叶えて欲しいと思います。

そのためにも、「遠いなぁ」と漠然と眺めるだけでなく、

自分の足元から続く道のりをしっかりと見つめてほしいと思います。