小説「悪態」① | パドックに魅せられて

パドックに魅せられて

競馬歴45年。
馬ほど美しい動物はいません。

悪態
 
                      カンマキワイポン
 
もう夕暮れ時だった。俺はアパートの窓の敷居に腰かけボーっと外を見ていた。東京の4月はまだ寒い。でも今日は春らしい暖かい一日だった。あの冷たい風も今年は終わりかな。
そろそろ晩ごはんを食べなければいけないが、おかずは魚の干物を焼けばいいだけなのですぐできる。明日の朝食のイギリスパンも買ってある。冷蔵庫に、大豆を煮て蜂蜜と和えた副菜を作ってある。朝はトーストにそれを乗せて、小麦胚芽と黒ごまを振って食べる。トーストは毎日六枚食べる。それも自分でもへんだと思うぐらいムチャクチャ速く食べる。コーヒーを飲んで、デザートに苺まで食べる。昼飯はよく日本そばで焼きそばを作って食べる。俺が考えた料理だ。ピーマンやシイタケやキャベツ、ニンジンなんかもたくさん入れる。味付けは酢醤油だ。これもフライパンが振れないくらい量が多くてそば玉三つ食べる。昼飯の時はメルシャンワインを飲む。俺は昼間から赤い顔をしていい気持ちになっている。俺の仕事は牛乳配達だ。朝四時に起きて仕事に行く。八時半にはアパートに戻っている。
 
俺は東京へ来て菜食主義者になった。動物は殺してはいけないのだ。肉は食べてはいけないのだ。だから、半年ぐらいは魚も食べなかった。でも今は、魚は食べることにしている。理由は…… わからない。
 
今日はギターでコードを弾きながらジャズボーカルの練習を一時間ほどやった。今日歌ったのはアイブガッチュウアンダーマイスキンとデイバイデイとバイバイブラックバードだ。そのあとピアノでジャズのコードを弾きながらスケールとアルペジョを一時間練習した。日中は、住人は仕事や学校に行って、いないので、ピアノを弾いても大丈夫だ。俺がピアノを始めたのは高校三年からで、普通のピアノをやっている子のように親に言われて子供のときから習っていたわけではない。だから指も堅いし大変なのだ。ピアノは高校三年の時、親に買ってくれと言ったのだがダメだと言われ、頭に来て自分でアルバイトをして買うと言って楽器屋に行ったのだが、楽器屋の人が親に電話をして、結局親が買ってくれた。高校の時、キャンプで知り合った音大生の女の人に、その人の家でレッスンをしてもらってバイエルまでやった。だけど今はジャズを弾くための練習をしている。
 
俺の部屋は木造のアパートで、部屋は二階、同じ目の高さの向かいに大家の息子の部屋がある。大家の家は敷地が八十坪ぐらいの大きな古い質屋みたいな家だ。そして俺はこの家とこの間までもめていた。それは、息子の嵌っているらしいアマチュア無線の電波が、俺の部屋のステレオに数か月前から再三にわたってがまんできない雑音として入ってくるようになっていたからだ。俺は何度も窓から「こらあ! 電波が入っているぞ!」と怒鳴ったのだが、息子は俺を無視して、一向に無線を止めようとしなかったので、俺は業を煮やして大家の家に抗議をしに行った。大家である母親は俺の抗議に大した反応も大した返事もしなかった。謝りもしないし事情を聞こうともしない。大家は俺の顔もまともに見ず、奥の姑と話をするようなしないような態度で、まともに取り合おうとしなかった。普段から俺に対して態度の横柄な大家で、毎月の家賃は俺の方から払いに行っているのに、ありがとうも言わない。俺はついに頭に来て、こっちからは払いに行かないことにしたら、それからは大家が集金に来るようになった。
ある日、息子が俺の部屋まで来た。息子は興奮した顔をして、なにやら紙切れを俺に手渡して行った。「無線をするのは僕の権利だ」と書いてあった。
無線の雑音は突然やって来る。ジャズのレコードをステレオで聞くことは、俺にとって大切なことなんだ。だが、その真っ最中にスピーカーを突き破るかのような雑音が突然入って来るのだ。何か月間かその妨害電波の入って来る生活が続いた後、俺は意を決してアマチュア無線協会なるところを電話帳で見つけ出し電話をして、大家の住所名前を告げて訴えた。すると、嘘のように、何か月も俺を悩ませた妨害電波はピタッと入って来なくなり、俺はまた音楽を聴ける生活を取り戻した。
 
今日は大家の息子は部屋にいないようだ。だが、近所の家の飼い犬が、もう二時間以上も鳴き続けている。俺は飼い主に腹が立って窓から「うるさいぞ! 飼い主! 」と怒鳴った。だが、ちょうど外に出て誰かと話をしていたその飼い主は、「うるさいだってヘヘヘ」と言って俺を無視した。
 
東京に暮らしてもう三年になる。高校の卒業式を待たずに、親に黙って家を飛び出し、大阪から夜行列車に乗って東京に来た。高田馬場の不動産屋でこのアパートを紹介してもらった。初めは持って来た寝袋で寝ていたが、親に手紙を書いて荷物を送ってもらった。無視されるかなと思ったが、親は荷物を送ってくれた。布団も机もピアノもギターも送ってくれた。一年ちょっと仕送りもしてくれたが、アルバイトだけでやっていけるようになったので、今は、仕送りは断っている。
だが、俺の歌もピアノもギターも一向に上手くなったように思えない。俺は東京に来て二年半ぐらいはちょっと失敗した。夜寝られなかったのだ。朝まで布団の中で寝よう寝ようとしてもがいた。いわゆる自律神経失調症だったのかもしれない。朝、寝られないままジャズ喫茶のアルバイトに行って働いた。その日の晩はさすがに寝られたが、十五~六時間もまとめ寝て、次の日はまた朝まで寝られなかった。だから音楽の練習が全然できなかった。でも、今は夜寝られるようになった。今はがんばろうと思っている。
 
豆腐屋の笛がピーポーと鳴った。
俺はこの音を聞くと胸をかきむしられるような気持ちになる。それで慌てて酒を買いに出た。
外に出ると必ず悪態と会った。
俺は道ですれ違う人の顔は見ないようにしている。見ず知らずの人の顔を見るのは失礼だと思うからだ。それが人間としての礼儀だろう。だがここの人間は違った。すれ違うとき無遠慮に俺の顔を見る。
向こうから人が歩いて来る。俺の顔を睨んでいる。すれ違う。(大丈夫だ、こいつはいい人間だ、鼻は鳴らさない)と思った瞬間、フンと鼻を鳴らしやがるのだ。唾を吐く奴、舌打ちをする奴もいた。チェッという音が俺の神経を攻撃する。終いには風の音まで悪態の音に聞こえてきた。木の葉がこすれる音でさえ、人のあざけりの音に聞こえた。
いったい俺の顔がどうしたというんだ。失礼だろう。いっそのこと俺に殴りかかって来いよ。だが、そいつらは姑息に絶妙なタイミングで悪態を仕掛けて来た。そのやり方はその悪態をやるどの奴らにも共通していた。
チェッもフンもスッもあった。その度に俺は体を硬直させた。やられた時にはもう相手は後ろ姿で遠ざかっている。だから睨みつけることもできない。一度、もう離れて七~八m先を歩く相手に向かって「なにい! こらあ!」と怒鳴ったことがあった。だが相手はそれに全く反応しなかった。奴らに喧嘩をするまでの根性はないのだ。大阪では子供だったから、学生服だったからそんな目にも合わなかったのだろうか。大阪も東京も同じなのだろうか。社会に出るということはこういうことなのだろうか。俺はアパートへ戻るとぜえぜえと喘ぎ、しばらくうずくまることがよくあった。
今日は、ちょっと酒を買いに行って戻る間に、二人にやられた。胃が縮んだ。俺は部屋に戻って買って来たワンカップをすぐ飲んだ。そして何度もやめようとしているタバコを吸った。もうやめるつもりだったので缶入りピースを吸った。前はずっとセブンスターを吸っていたが、ピースの方がやっぱり旨い。吸うと体が一気にグタッと重く不快になった。
 
俺は晩飯を作って食うと、いつものようにウイスキーのレッドを飲んだ。俺は、酒は強くない。すぐ酔う。さっきワンカップを飲んだので、ウイスキーを飲むとかなり酔っぱらった。でもこのまま酔いつぶれるまで飲むのだ。
勉強机に座っていつものように日記を書いた。人との関係を切ってから、俺は日記を書いている。
俺はこの一年ぐらいほとんど人と話をしていない。俺は朝、仕事に行って牛乳店のオヤジに「おはようございます」と言うだけで他の話はしない。もう一人配達の男がいるが、こいつは一度挨拶して返事をしなかったのでもう挨拶はしない。あとは買い物に行って「これください」とか、ジャズ喫茶に行って「コーヒーください」とか言うだけだ。知っている奴にも会わないようにしている。人と付き合わないために俺は牛乳配達の仕事を選んだのだ。
俺は人と付き合うたびに嫌な気持ちになる。だけど、人と会わなければさびしい自分がいる。本当は、人と付き合うことが嫌だというより、人と会わなければ寂しさが解決できない自分が嫌なのだ。どうして俺は人を求めるのか。どうして落ち込んだ時、人と会いたくなるのか。人と会うと初めは楽しいが、すぐに意見が合わなくなって言い争いになる。こいつとは合わないと思う。こいつは俺の考えていることをわかってくれない。こいつは親友じゃない。そう思って、いつも喧嘩別れのようになるのだ。それで、いろいろ考えて、疲れてしまって、嫌で嫌でたまらなくなって、一度人と付き合わないようにしてみようと思ったのだ。
今日は「愛とは何か」について書いた。愛といってもいろいろある。でも一番根本的な愛は「人類愛」だろう。「男と女の愛」はその中の一部だ。「親子の愛」「兄弟の愛」「友情の愛」「師弟の愛」それらもみんな「人類愛」が根本にある。なぜ人は人を愛するのか。なぜ人は人のために何かをしようとするのか。それがどういうことなのか、俺は根源的な意味を知りたかった。それで、日記にこうではないかああではないかと、一つ一つ考えを書いていった。結論に至った答えは「人の体の中には血が流れている。みんな同じ血が流れている。それを感じること、それが『愛』だ」ということだ。
だけど最近わからないことがある。毎朝新聞に載っていた南ベトナムの政治犯の記事だ。いつまでたっても終わらないベトナム戦争だが、南ベトナムのグエンバンチュー政権が、政権に反対する人を捕まえて、サイゴンの南の方にあるコンソン島というところにある刑務所に入れ、拷問をしているという記事だ。その刑務所は「虎の檻」というらしい。俺はこの記事を読んで衝撃を受けた。俺はわからなかった。その「虎の檻」で拷問を受けている人と俺との関係がだ。その人の存在と俺の存在との関係がだ。それはいったいどういう風に考えたらいいのか。毎日俺は生きている。でも南ベトナムの政治犯は今も拷問を受けているのだ。俺はなにもしなくていいのか。毎日こうして生きていていいのか。
 
俺は大きい厚紙と大きいポスター用紙を買って来て、そこに「南ベトナムの政治犯を救うための署名を!」と太く書いて、その横に訴える文を書いた。俺は日曜日それを持って中野坂上の駅まで行き、その書いた物を駅の壁に立てかけて、その横に座り込んだ。三時間ぐらいそこにいたが三人の人が署名してくれた。その書いてくれた署名は、俺の署名といっしょに、南ベトナム大使館へ送った。
 
俺は今までにデモは三回行った。一回目は高校生の時に大阪のSM工業へ「武器輸出反対」のデモに行った。二回目は、東京へ来た年の六月に「日米安保条約反対」のデモに、東京に来て浪人している高校時代の友だちといっしょに行った。俺たちはCH医大のグループに紛れて入って、女子大生の人と腕を組んで歩き、赤坂見附でフランスデモをしたのだ。三回目は、清水谷公園で毎月やっている「ベトナムに平和を!市民連合」の定例デモに行った。二十人ぐらいしか人が集まっていなかったのは、連合赤軍の事件があったからだと思う。車が止まっていて、その車に寄り掛かるようにして主催者の小田実さんがハンドマイクで喋った。小田さんは「ぞろぞろついて来るだけではなくて、一人一人が自分で何かをする」と言っていた。小田さんの本はよく読んでいて俺の先生だと思って尊敬していたが、実際に会って見ると、車にもたれかかって喋っていて、態度のえらそうな人だなと思った。
 
俺は、正義は「人類愛」から来ていると思っている。決してイデオロギーからではない。だから人を愛したい。俺はそう思っているのに、誰も俺をわかってくれない。親友もできない。友達もできない。でももういいのだ。俺は人との関係を切ったのだ。誰ともつきあわない。誰とも話をしない。毎日ものを考えて、日記を書いて、理論武装して、今度あいつに会った時はあいつを言い負かしてやる。
 
あいつ、細川順三とは三年前に渋谷のオスカーで出会った。オスカーはジャズ喫茶で夜は生演奏もやっている。仕事はウエイターで、生演奏の時は楽屋へ出演者におしぼりや飲み物を持って行った。細川とは仕事の最中にもよく話をした。細川は俺より一歳年上だったが、俺が俺の年を言った時に俺の方が年上だと聞き違えたらしく、それ以来俺は偽って年上を演じていた。細川は、俺が凄いと思っているピアノのビルエヴァンスをけなした。
「白人のジャズなんですよ、所詮は。白人には本当のジャズはできないんですよ。ジャズは黒人の音楽なんですよ。だから、俺はエヴァンスは軽くてきれいごと過ぎて嫌いなんですよ」と細川は言った。
「ビルエヴァンスはマイルスも認めているピアニストなんだよ。エヴァンスは上手い人なんだよ」と俺は言い返した。だけど細川は俺の言うことを聞かない。
「ジャズは黒人にしかできない音楽なんですよ。差別されてない白人には無縁の音楽なんですよ。もともとジャズはそういう音楽なんですよ」
「そんなことないよ。音楽は音楽だろう。上手い人は上手いし……」
「違いますよ。上手い下手じゃないんですよ、ジャズは。白人にはブルースがないんですよ。ブルースがなければジャズじゃないんですよ。ブルースがなければスイングもしないんですよ。白人にあるのはカントリー&ウエスタンの音しかないんですよ。ブルースは黒人にしかできないんですよ。だから俺はエヴァンスもスタンゲッツも嫌いなんですよ。何か白っぽいんですよ。聴いててつまんないんですよ。マイルスやジョンコルトレーンのジャズが本当のジャズなんですよ」
「俺はビルエヴァンスもスタンゲッツも好きだよ。マイルスもコルトレーンも好きだよ。でも黒人だけどニーナシモンやマルウオルドロンは好きじゃないな」
「えー? どうして? ニーナシモンすばらしいじゃないですかあ、マルウオルドロンなんか最高ですよ。マルウオルドロンはビリーホリデイのバックで弾いていた人なんですよ。レフトアローン知ってるでしょう? あれはビリーホリデイが亡くなった後の残された気持ちを表現した曲なんですよ。あれなんか素晴らしいじゃないですか。どうして嫌いなんですか」
「なんとなく、あのアドリブが単調で……」
「そんなことないでしょう。それ変ですよ。聴き方おかしいんじゃないんですか。 ニーナシモンはどうして嫌いなんですか」
「あの人はジャズじゃないよ」
「ジャズですよ。スイングジャーナルにもジャズシンガーとして載っているじゃないですか」
「まあね……」
「狭いですね、西野さんの耳は」
「ほっといてくれよ」
「ダメですよ、そんなんじゃ」
 細川の方が理屈が達者だった。俺はいつも細川にやられていた。細川と喋るといつもイライラした。ある時、細川のアパートで酒を飲みながら喋ったことがあったが、このとき細川が喋ったのが文化論だった。
「俺は朝刊より夕刊の方が好きなんですよ。なぜかというと、夕刊には文化面があるからなんです。文化が大事なんですよ。政治、経済とあるけど、一番大事なのは文化なんですよ」
 俺はマルクスもエンゲルスも読んでいたけど、この細川の話にはついていけなかった。文化ってなんだ? わからなくて頭に血が上った。
「坂本九なんですよ。永六輔なんですよ。『上を向いてあるこう』なんですよ。あれ、どういう意味の歌か知ってます? どうして『涙がこぼれないように上を向いて歩く』のか知ってます? あれは六十年安保闘争で亡くなったKさんのことを歌っているんです。あれはただの歌謡曲じゃないんです。この社会を、この今の日本の本当の姿を歌ってる歌なんですよ。これが文化なんですよ。文化の方が政治や経済より影響力が強いことがあるんです。わかります?」
 俺はただ黙って細川の話を聞いていた。何も話せなかった。俺は打ちのめされ、屈辱感を味わった。
 
 今なら細川と話ができる。俺はいろいろなことを一から考えた。「愛とは何か」「文化とは何か」「存在とは何か」「命とは何か」「社会とは何か」などなどだ。だから細川と一度会って見ようかとも考えた。今度会ったら俺の本当の年も言おう。だけどやめた。やっぱり今のこの孤独がいい。この、人と会わない生活をもう少し続けたい。というのも、俺は今難しいことを考えていたからだ。いくら日記に書いても考えても答えを出せないことがある。それは「心とは何か」ということだ。これが俺にはわからない。心はどこにあるんだろう? 細川と会うのはこれがわかってからにしよう。
 
 「愛とは何か」の答えを一応出した俺は、日記を閉じてウイスキーを飲み続けた。もう天井は回っていたし、ちゃんと歩けなかった。俺は夢遊病者のようにバッタンバッタン転がり回りながら布団を敷いて倒れ込み、かろうじて目覚ましをセットして寝た。
 
 次の日、俺は仕事でミスをした。いつものように牛乳を配達していたのだが、途中広い道に出て、バイクのエンジンをかけたら前の車輪が空中に浮いたまま後ろの車輪だけで発進してしまったのだ。どうしようもなかった。俺は死ぬと思った。パニックになった俺は後ろの車輪だけで曲芸のような走りになって、二百メートルほど走って転倒した。バイクに積んであった牛乳が割れて、そこら中に飛び散った。俺も足を打って痛かったが、足は折れてはいないようだった。俺はしばらくうずくまっていたが、起きて割れ散った牛乳瓶のかけらを集めた。牛乳は三分の一ぐらい割れていた。時間がかかった。もう辺りは牛乳配達の時間ではない明るさになっている。ふと見ると、牛乳店のオヤジが軽四で助けに来てくれていた。不機嫌な顔で何も言わずに割れた牛乳瓶と割れなかった牛乳を軽四に積んでいる。
「もう、バイクはやめて、自転車にするか」とオヤジは言った。
俺は何も言えずに黙って割れた牛乳瓶の破片を拾い続けた。拡散した牛乳は足で道の外に出した。
考え事をしていたのが悪かったのだろうか。右手のアクセルをちょっと強く回した時に突然そうなってしまったのだ。俺は配達をしながら(こころ、こころ、こころ)と考え続けていたのだ。
それから一度店に戻って、もう一度割れた分を積み直して残りの配達をした。店のおかみさんが怖い顔をして、何回もお辞儀をしながら電話の応対をしていた。たぶん俺の配達区域の人からだ。
その日、俺は何とか全部配り終わって仕事を終えた。足がまだ痛かった。落ち込んで、下を向いて、重たい気持ちでアパートまで歩いた。
(こころ、こ・こ・ろ、こ・こ・ろ……)
 いつまでたっても俺は答えを出せなかった。脳のどこかにあるんだということはわかっていた。でも心が苦しい時は胸が苦しいのだから、本当は、心は心臓にあるんじゃないのか。
 
 次の日も、俺は「こころ」を考えながら仕事をし、「こころ」を考えながらアパートへ戻った。
アパートに着くと人が集まっていた。変だなと思ったが、階段を上がっていった。その時、大家が俺を呼び止めた。
「西野さん、今日どうしたの?」
 大家は階段を上がってきた。集まっている人たちがそんな俺と大家を見上げている。
「え?」
「朝、たいへんだったのよ。あなたの部屋から大きな音がずっと鳴り続いて」
 ハッとした。(しまった……)血の気が引いた。
「ものすごい音だから、近所の人がみんな出て来て、私のところに言いに来たのよ」
「すみません……」
「どうなったのかと思って、中で死んでるんじゃないかと思って、鍵を開けて中に入ったら誰もいなかったのよ。どうなってるの?」
「すみません、目覚まし代わりにラジオが大きい音で鳴るようにしていたんですが、今日に限ってラジオが鳴る前に起きてしまって、そのまま出て行ってしまったんです。本当にご迷惑をおかけしました」
「私じゃなくて、みなさんに言わなきゃ」
「申し訳ありませんでした」と俺は近所の人たちに向かって階段の上から頭を下げた。近所の人たちはそれを聞いて、何も言わず三々五々帰って行った。
 俺はなんていうことをしたんだ。でも仕方がない。もう取り返しがつかない。俺の目覚ましが…… あの大音響が…… ずっとなり続けたなんて…… おぞましかった。
(悪いことは続くなあ……)
 その日もイギリスパン六枚の朝食を食べた。それから流し場に洗濯桶を置いて溜まっていた洗濯をした。ジーパンは二か月ぐらい洗ってなかった。この間電車に乗って立っていると、俺の前に座っていたサラリーマン風の男に睨まれた。たぶん俺のジーパンが臭かったのだ。恥ずかしいので、今日は絶対にジーパンを洗おうと思っていた。何回も押して洗って、しんどかったけど一生懸命絞って、窓の手すりに干した。あとは、毎日行っているジャズ喫茶が開くまで時間があるので本を読んだ。エンゲルスの「自然の弁証法」だ。ハッキリ言って読んでいてよくわからない。でも、読まなければいけないのだ。この本は俺にとって必要なことが書かれてあるのだ。わからなくても読むのだ。
 
 それから新宿へ出かけた。東口の二幸裏にアカシアという食堂がある。その二階が俺がいつも行くジャズ喫茶DIGだ。まだ午前中なので空いていた。ここのスピーカーはJBLで木質のいい音がするんだ。俺はスピーカーからテーブル二つ離れた席に座った。この席が一番いい音が聴こえる。
ロペのロゴの入った紺のミニスカートを穿いた女の子が、注文を聞きに来た。俺はコーヒーを頼んだ。このウエイトレスはちょっと、俺は好きだ。その女の子はレジの奥でいつも座って客席を見ている。俺の座る向きがレジの方を向いている時、よくその女の子と目が合う。つき合いたいと思うけど、俺はその女の子を見るだけだ。俺は度胸がないんだ。
 DIGは今日も前衛ジャズが掛かっている。朝から前衛ジャズなんてすごい店だ。俺が店に入った時はアートアンサンブルオブシカゴが掛かっていた。その次はチックコリアのサークルが掛かった。その次がセシルテイラーだ。そのあとコルトレーンの至上の愛、オーネットコールマンのフリージャズ、アンソニーブラックストンのフォーアルトが掛かった。俺はジャズを聴きながら「自然の弁証法」の続きを読んだ。客がそのうち増えてきて、俺の座ったテーブルも四人満席になった。俺の向かいに座った奴は、ジャズを聴きながらテーブルを、ピアノを弾くみたいに叩くので目障りだった。その横の奴は腕を組んで、足を激しく貧乏ゆすりのように上下に動かしていている。時々俺の顔を無遠慮に見る。俺の横に座った奴は目をつぶって長い髪の頭をずっと前後に振っている。俺も長髪だったが、そいつの髪は女みたいに肩の下まであった。
 
二時間ちょっと聴いて、腹が減ったので店を出て、下に降りて食堂のアカシアへ入った。食べるのはいつもロールキャベツだ。ロールキャベツの周りにクリームシチューが入っている。ご飯もついて細かい漬物が振ってある。百七十円で安い。アパートの近くの店だと、卵焼き定食が二百円もする。アカシアの近くの三平食堂なら三平ランチが百四十円で安いけど、あのランチは味がもう一つで腹が膨らむだけだ。やっぱりアカシアのロールキャベツの方が旨い。
 
 ジャズも聴いたのでアパートへ向かった。新宿からだと、京王線なら笹塚、丸ノ内線なら中野坂上、どちらからも同じぐらいの距離だ。今日は西新宿まで歩いて丸ノ内線に乗る。電車は座れた。また「『こころ』はどこにあるか」について考えた。でも少しずつわかってきたような気がする。人間が物を考えるときはその前に何かを感じるのだ。それは人間の脳や神経が感じるのだ。その感じたものが概念になるのだ。その概念を言葉という記号に置き換えるのだ。俺はそこまで考えた。でも、その概念を生み出すのはどこなのだろう? そこが心なのだろうか。俺は今それを考えている。
 電車に座ってそんなことを考えていたのだが、斜め前からずっと視線を感じていた。(俺の顔を見ているな……)
 俺はそっちを見ないでいた。でもそいつはしつこい。ずっと俺を見ているようだ。ムカついた。俺はそいつを見た。二十五ぐらいの男だった。そいつは俺と目が合うとすぐ目をそらした。俺がそいつから目をそらすと、そいつはまた俺を見た。俺はまたそいつを見た。そいつは今度は目をそらさない。ジッと睨みあった。俺はムカムカッと腹が立って爆発しそうになった。立ってそいつの方へ行こうと思って腰を浮かした時、そいつが目をそらしたので喧嘩にはならなかった。
 
 中野坂上で降りた時、駅の売店で週刊アップルを買った。表紙が桃田沙織だったからだ。俺はこの歌手が好きだ。メチャクチャ可愛い。表紙の写真をじーっと見て堪らなくなった。俺はアパートに帰って、この表紙を見ながらオナニーをすることに決めた。
                                                        続く