子育て回想記 新居
新居
とりあえず、下の子と二人の生活を始めた。
わずかな資金で、お布団だけは買った。
家具も何にもない部屋、広かった~。
子供の友達が、カンパだといって、ベットを持って来てくれた。
パイプベットだったけど、嬉しかった。
周りの人も聞きつけて、テレビやら冷蔵庫やら、不要になったものを次々運び込んでくれた。
家を出てきて、一番驚いた事は、子供が思ってた以上にしっかりしている事。
家の鍵はいつも閉めろよとか、何かにつけて気を使ってくれる。
やっぱり男の子は、いざという時頼りになる。
バイトも増やして、自分の昼食代は自分で工面してくれた。
こうして、何とか生活できるようになったのは、わまりの人たちのお陰、人のありがたみをしみじみ感じた。
有難味...骨身にしみて感じましたね~
特に、下の子の友達の優しさが身にしみました。
息子の分だけじゃなく、かんくろうのベットまで我家に持ってきてくれたのですから。
今風の若い子っていう認識が変わりました。
ピアスをしてたり、よれよれのジーパンをはいていたりしても、心は別なんですね。
下の子も、遊びに行きたいのを我慢してバイトをしてくれました。
生活は苦しかったですが、心は豊かでした。
ああ、こんな幸せもあるんだな~って、ほんと本音です。
箪笥もドレッサーも何もない部屋でしたけど、ほんわかあったかみだけは満ち溢れていましたね。
その分、上の子の様子が気がかりでしたけど。
とりあえず、親子の再出発の幕開けでした。
パイ
今日のデザートはパイです。
さくさくパイ生地に、カスタードクリームとチョコが入っていました。
もちろん、大が作りました~(爆)
余った卵の白身で、シフォンを作ろうと、大が言います。
おかんも手伝って、とハンドミキサーを渡されました。
ボールの白身を泡立てます。
大の指示で、てきぱき...なんて行かないです。
もっと、ミキサーを左右に振って...もち、かんくろうが言われています。
うう、ミキサーが重い。
なんとか泡が立ってきて、型の中へ。
さて、焼き上がりは...何故か失敗。
中が空洞になっていました。
やっぱ、かんくろうのせい?
だろうか...(;_;)
でも、親子でケーキ作り、ちょっと楽しかったです。
子育て回想記 大脱走
大脱走
下の子が大学へ進んで、夫婦の間もちょっと軌道修正かなって思ってたんだけど、事態はどうにもならない方向へどんどん進んで、やっぱり大脱走の日がきてしまった。
どうしても別れないって向こうは言い張るので、黙って家を出るしかしょうがなかったんだ。
何とかマンションが見つかって、少しずつ着る物を運び出した。
その頃、下の子はサーフィンを始めてて、どうしてもボードを持っていくといって聴かない。
しょうがないので、友達に頼んで、真夜中に運び出してもらった。
敵を欺くには、まず味方からって言うでしょ、上の子にはぎりぎりまで黙っていて、前日打ち明けて後から合流するつもりだった。
上は犬を飼っていたので、犬OKのワンルームを探さないといけなかったし、時間が必要だった。
とりあえず二人が出て、落ち着いたら何とかなるかって考えたの。
今思うと甘かったね。
真夜中の荷物出しが、とんでもない事になっちゃった。
物音を立てないようにって言っても、土台無理な話で、当然気付かれた。
向こうもいつか出て行くんだろうと思っていたと思うけど、面白くないよね。
爆弾のタイマーが入ったような感じだったよ。
もうこれ以上待ってると、危ないってことで、次の日、仕事へ行ったまま帰らなかった。
多分、この日の事が、上の子に大きなショックを与えてしまったんだよね。
でてくる時に、置手紙はしてきたんだけど、やっぱり寂しかったと思う。
家をでるきっかけは、旦那の暴力。
ありきたりだけどね。
でも、それだけに、まさしく大脱走だった。
もし、見つかったら生きてられないかもしれないし、反対に警察のご厄介になっていたかもしれない...事態は深刻でした。
子供と生活していけるかどうか、不安だらけだったけど、とりあえず着の身着のまま逃げました。
ほんと、ドラマみたいだったよ。
住む所だけは何とか見つけておいたものの、布団もない有様。
会社の社長が、あれこれ助けてくれて、テレビと、小さな冷蔵庫、少しの食器だけの生活が何ヶ月か続きました。
おなべも一つしかなくて、すき焼きをその鍋で作って、下のこと笑いながら食べました。
3枚しかないTシャツを洗っては着て、何とかしのぎました。
季節が夏でよかった。
生活は苦しかったけど、息子と笑顔で暮らせることだけが幸せでした。
ただ、探し出されないかと、びくびく。
上の子が気になるけど、なんとも出来ない歯がゆさに涙。
あの頃を思うと、今でも泣けてきます。
(青字は現在のコメント)
子育て回想記 卒業式
卒業式
進学も決まって、晴れ晴れとした卒業式を迎えたのは言うまでもないけど、高校の卒業式ってなんか親の責任を果たし終えた日って言う気もするよね。
子育てもひと区切り、子供も大人になる自覚が芽生えて肩の荷が下ろせそうな気がした。
帰り道、一人で喫茶店に入りしみじみとコーヒーを飲んだ。
格別な味がした。
よく頑張ったって、自分を誉めたかったよ。
もちろん、子供も一緒に頑張ったんだけど、迷い道だらけの子育てだから、二人三脚で頑張るしかないんだよね。
だから卒業式って、親への勲章だよね。
入学するのも大変だけど、最後まで通わせるのも大変だったよ。
でも、卒業したからって、簡単に放り出せるものでもないよね、子育てって。
おとなしい上の子も、卒業してから、大きな試練が待っていたんだから。
その話は、次回ね。
卒業式に出るのも、これが最後かな~なんて思いながらの出席でした。
これで手が離れるのかな?って、安心したような、少し寂しいような。
なんだか、小さい頃がとても懐かしく思い出されたりして。
式の間中、保育園時代のことなんかが思い出されたりしました。
下の子の場合、いろいろ苦労させられたから、やっとここまで登ってきたか~って。
でも、ほんとはまだ五合目なのかも。
子育てって、なかなかゴールが見えないんですよね。
よく、結婚させたら...って言いますが、うちの子は二人ともまだお嫁さんをもらっていないです。
だとしたら、まだ子育てが続いているのかも。
いえ、今はもう親育てなのかもしれませんが。
明日からの話は、ちょっとショックなエピソードです。
どうぞ、ハンカチ片手にお読みくださいね。
ガラス
今日は、一日ガラス球の加工をしました。
実は、きたろーさんからたくさんのガラスの玉を預かっています。
でも、電球のコードを通す穴を開けないと、照明器具に使えません。
吹きガラスの切り口も、平らにしないと危ないですから。
とにかく、ルーターを会社に持ち込み、せっせと作業にいそしみました。(おいおい!)
初めの一個は、力を入れすぎて割れちゃいました。
あれこれ試してみて、何とかコツがつかめるようになりました。
一日がかりでけっこう、加工できたかな。
欲しい人があったら、ブログのコメントでお知らせください。
1個300円くらいでお分けできますよ。
多分、HPラリーのプレゼントは、これを使った電気スタンドになりま~す。
最近、ブログのスクラップブックを立ち上げました。
ドールハウス製作のカテゴリーの裏話(本音)を書いてあります。
けっこう笑えるので、見てね。
子育て回想記 進路
進路
2年生の2学期の三者懇談会で、専門学校へ行きたいといっていた下の子。
上は、絵を書くのが好きで、それもアニメ。
親が誉めるのもなんだけど、すごくうまい。
毎年我家の年賀状は上の子のアニメのキャラクター。
みんなからコピーしたの?って聞かれるくらいうまかったので、その道を少し勉強したいと、アニメーションスクールへ進学した。
物になるかどうかわからない世界だけど、大人になって、あの時行かせてもらえなかったから夢が実現できなかったと言われるのもしゃくなんで、進ませる事にしたんだ。
その影響か、下もビジネススクールか美容学校へ行きたいと言っていた。
だから、3年生になった時、進路説明会へ出てくれといわれて、専門学校の分を聞いたら良いんだねって言ったら、とりあえず全部聞いてきてって言われた。
翌日、また三者面談。
そしたら、いきなり先生から、大学進学の話しが出た。
目を丸くしているかんくろうを尻目に、涼しい顔をしている息子。
何だコリャ~である。
かんくろうの口から出た言葉は、うちの子でも入れてくれる大学ってあるんですか?
なんせ、進級が危ぶまれた実績があるんだもん。
誰も信じられない事だよね。
先生いわく、2年生で評価をあげられた子には、内心の点数の上乗せがあるって言うんだ。
それにクラブ活動を3年間やりとおしたのも、評価されるって言うの。
何が幸いするか世の中分からないね~。
その分だけでも、充分通用しますよって。
中学から大学まである学校だったので、短大なら推薦枠が取れますよって言われた。
隣で息子がニヤニヤしてた。
そこまで言われたら断るのももったいないし、お願いしますって頭を下げてきた。
これで下の子は、ずーッと無試験で大学まで行っちゃったよ~。
運の強さだけで進んだ気がする。
でも、あの赤点の時、親子でふんばってよかった。
でなければ、こんな日は来なかったよね。
ほんと、何が幸いするか分からないですね~
成績が悪かったから、内心の点が上がるなんて、聞いたこともない。
前代未聞の評価のおかげで、なんとか大学に進むことが出来ました。
赤点をとっても、決して悲観することはないですね(笑)
上の子のアニメは、結局趣味で終わりましたが、かんくろうのHP(五番街)のデザインに大いに役に立っています。
下の子は、クラブ活動で親しくなったスポーツ店に、大学卒業後就職しちゃいました。
今は無駄かなって思うことでも、将来重要なキーポイントになることだってあるんですね。
要は、後悔のない人生を送らせてやる事なのかな?
かんくろうも、後悔の無い様に生きたいです。
子育て回想記 進級
進級
2学期の後半から猛然と追い込みをかけたお陰で、テストの点数はじりじり上がってきたんだけど、3学期の期末を終えても赤点からの脱出は難しかった。
春休みに入ってもまだ進級の通知がこなくて、追試を受けてもなかなか決まらなかった。
何度も進級会議にかけられて、その都度、担任の先生が本人の熱意を支援してくださったそうである。
実際、3学期になって通知簿の評価が上がるという事は珍しいそうで、努力した結果が出ていたのである。
クラブ推薦で落第という事になれば、翌年からの卒業校からの推薦入学にも影響が出るので、本人も気が気でない。
出身校の名誉をかけての進級であった。
もう明日で2年生の教科書販売が終わるという、絶望的な時に、やっと電話がかかってきた。
すぐ教科書を買いに行ってくださいという連絡であった。
当然、仕事を早退して書店に走った。
山のような教科書を抱えて、嬉しそうに家路についたのを覚えているよ。
勉強って、一度躓くと分けがわかんなくなって、どんどん落ちこぼれになっていく。
そのうちどこがわかんないかも見えなくて…、そう言う時は、どんどん遡って、躓いたとこを見つけ出すんだって。
見つけたらあとは簡単。
そこからやり直せば良いんだよ。
一つ分かってくるとどんどん吸収できるんだって。そうやって乗り越えて来れたみたい。
次の年、中学から後輩がクラブへ入ってきて、益々頑張りだした息子は、ちょっぴりたくましかった。
かんくろうも勉強が嫌いでしたね~
そのせいもあるんだろうけど、とにかく凄い赤点でした。
でも、家庭教師の先生や担任の先生のおかげで、何とか進級できました。
こんな時、私立の学校はありがたかったですね。
先生方の取り組みが熱心だったです。
友達の息子さんは、公立の高校で、色々あったとき先生が助けてくれなかったそうです。
そんな学校ばかりじゃないと思いますが、その子供さんは中退されました。
下の子は、有名な進学校だったので、落ちこぼれは切捨てかなって心配してましたが、その逆でした。
何とか進級させようと、皆さん必死にサポートしてくださいました。
もちろん、本人の頑張りもありました。
ほんと、よくやったと誉めてやりました。
本人もやれば出来ると、自信を持ったようです。
だから、多少の赤点にびびることはないですよ、みなさん。
子供の力は偉大です~




