神武東征の初戦で長髄彦に敗れ、退却した地がここだった。
天照大神(日の神)と素戔嗚尊(根の神)を祀った後、
再度の決戦で勝ち大和を平定した事で、この地を「日根野」
と名付け、社名を「日根神社」にしたと言う。
この由来の何と神々しい事よ。
鳥居での一礼にも、背筋が伸びるというものである。
さて、主祭神はウガヤフキアエズノミコト、玉依姫と四王子
である。(四王子とは神武天皇四兄弟)神武天皇が建てたの
だからご両親を祀るのは当然と言えば当然だ。謎深く魅力的
な玉依姫(たまよりひめ)、同じくお姉さんの豊玉姫。
このお2人も追っかけをしたいと思っているのだが…。
驚いたのは、境内に比賈神社(ひめじんじゃ)と言う摂社が
あって、由緒書に「式内社」とある。式内社の摂社が又式内社
なのだ。またまた素晴らしい。ここに天照と素戔嗚が祀られて
いる。するとこちらこそが「日根」になるんだな。
更に驚いたのは、配神として何と衣通姫(そとおしひめ)
が祭神として祀られている、という事だ。
初代神武天皇の頃のお話に、19代允恭天皇の頃の衣通姫が
祀られているのだ。勿論、創建からずいぶん経って付加され
たのだろうけど、予想もしていなかった衣通姫の名とここで
出会えるとは!今年は新年早々ついてる。
やはり衣通姫は記紀にある通り、この地にあった「茅渟の宮」
でお暮しになり、この地で多くの人々とも交流があったのだ
ろう。人々に尊敬を受け、愛され、そして悲恋に憐憫の情を
もって人々から支えられたのではなかろうか。
その結果が、この由緒正しい日根神社に祀られ末永くその名を
残されたのではあるまいか。