Twitterでも書いたが、見やすいようにここにまとめておく。

なおタイトルは若干煽りが入っていて、「オタクはアニメファンの十分条件で必要条件に非ず」というのが正解。

 

Twitterで以下のアンケートをした。

300人近い母数があるので、所詮アンチのしょっぼいアンケートとは比較にならない(笑)のだが、

それにしても関心の高さがうかがえた。

そしてなんと実に8割の人間が「自分は『オタク』にこだわってない」と回答した。因みにこれはアンチによる同様のアンケートでもほぼ同じ結果なので、統計としては揺るぎないものだ。

 

そして次のアンケート。これは意外だった。7割の方が「アニメ監督がオタクを嫌いでも構わない」としているのだ。そしてやはり母数も多い。

 

ここでほぼ確実とも言える推論が導き出される。

僕が実施したアンケートなので投票者のほとんどがアニメファンだと仮定して、つまり、アニメファンの7~8割が「オタク」という立場、それにまつわる言論に関して、「正直どうでもいい」という意思がここから分析できる。何より、 「オタク」という呼称に対し帰属意識がないのだ。これは僕にとって意外だった。

 

単純計算となるが、オタクは所詮アニメファンの2~3割しかいない、ということになる。

 

ならば僕の「オタク」批判に対して、いつも「オタクを批判するとはどういうことだ!」「アニメ監督なのにオタクをバカにする気か!」と過剰に反応しているのは誰か? アニメファンの7~8割は、僕の言葉に関心がない。関心があるのは、アニメファンのたった2~3割しかいない、僕が再定義した「アニメ好きを標榜することで業界への中傷・脅迫他何でもできる!」と思い込んだ、最悪で犯罪的な「オタク」に他ならないと言える。 下記の再定義がほぼ完全に当てはまるのだ。

身に覚えがあるから反応するのであって、多数のアニメファンは身に覚えがないから反応しない。当たり前だ。

ほとんどのアニメファンは、アニメ監督が「オタク」を攻撃しようが他人事であり、以上の定義に見事当てはまる人間=オタクのみが「俺のことかー!」と騒ぎだす。当たり前の話だが、そんな構図が今までなかなか可視化されなかった。

 

これは岡田斗司夫氏がかつて唱えた「オタク・イズ・デッド」とも合致する。

オタクは徒党を組んで多数派を気取り、「俺たちオタクが言うんだから聞け!」と自分の主張を通そうとするが、その母体は実に小さく、アニメファンの代表でもなければそれを代弁する存在でもない、なくなったのだ。

これこそが岡田氏の唱える「オタク・イズ・デッド」の瞬間である。

 

この統計は「オタク・イズ・デッド」の裏付けとなった。

だから「ヤマカンはアニメ監督なのにオタクを攻撃している!」という妄言は、異常で過激派組織に近い自分たち「オタク」という集団に他のアニメファンを巻き込もうとするトリックであり、更には願望に過ぎないのだ。

 

「アニメファン」と「オタク」は違う、今や誰もが皆それを自覚している。解ってないのは「オタク」を自称する一部の者だけ。以上のデータはそれを物語っている。

 

結論としては、「オタク」とはただのアニメ好きではなく、その皮を被ってアニメやクリエイターを絶えず攻撃し、同族であるかのように他のアニメファンを巻き込み、支配者のように振舞いたいだけの、ごく一部の異常な人種である、改めてそう断言する。 「オタク=アニメファン」という、おぼろげながら事実であるかのように錯覚されていたこの図式は、これらのデータにより完全に崩壊した。