「怒ったモン勝ち」のような風潮が、特に酷くなっている。

そして「ヤマカンは何でもかんでも怒ってOK!」みたいな流れも酷い。

 

とある偉い人に会った時、『WUG』の話になって、

「お前はいろんな人を怒らせすぎた!」

とかぬかしやがるから、はぁ?俺を非道な手段で追い出しておいてまだ怒るっていうの?どんな神経してるの?怒ったモン勝ちかよ!ホンマにお前ら霊長類かよ?進化の過程おかしくね?と捲し立てたい気持ちを、そもそもこいつにも何言っても無駄だと即座に判断し、

「僕は彼らの何百倍も怒っていますが」

と、返すにとどめた。

 

当然のことながら、子供じゃないんだから「怒った」「不快だ!」というのは手前勝手な感情で、てめぇが感じたものは誰のものでもないので誰も共有できない。だからそれを動機に行動されても誰も一切責任が取れない。ネットに限らず、実社会にもこういう輩が本当に増えた。

高畑さんが長年危惧していた「ムカつく」の感覚である。

 

人が怒りを外に向けるには、それなりの「理由」が必要で、それもそれなりの社会的正当性が必要だ。

「俺は怒った!だから怒っていいんだ!」というご無体な理屈が通るのは、せいぜい幼稚園までではなかろうか?

駄々っ子である。

 

しかしアニメ業界やオタクは幼稚園で成長がストップしたバカが多いので、こんなことがちっとも解らないらしい。

「京アニ事件でヤマカンが新海さんを侮辱した!」と(自分で今こう書いている瞬間も意味不明だが)「なぜか」周囲が大騒ぎしたのは、その最たる例なのではないだろうか?

あれは今でも意味が解らない。

理屈の伴わない怒りは、ただの「てめぇの勝手」である。そうとしか言いようがない。

 

やっぱりアニメを観てたら大人になれないのかも知れない。