『風の谷のナウシカ』を作り終えたとき、宮崎駿は、

「もう監督はやりたくない」
と、言ったという。
驚いた鈴木敏夫らプロデューサー陣が理由を訊くと、
「これ以上仲間を減らしたくない」
という。
 
『ナウシカ』は小さなスタジオで、人員が圧倒的に不足する中で制作された。
宮﨑さんも不眠不休で作業したが、周りのスタッフにも相当な無理を強いたらしく、多くの人が離れていった(というのは、確かに僕の師匠からもチラッと聞いた)。
 
こういう時の監督は、寂しいもんだ。
しかし、それを受け入れるのも、また監督の仕事だ。
 
今の監督と言えば、自分の金ヅルには尻尾を振り、メインスタッフにも気を遣い、その分若手をいじめ倒すのが主流らしい。
実は指揮者もそうだとか。
まぁ、日本人ってずっとそうだった気がするが。
 
さてその宮﨑さんを激怒させたのが、高畑勲。
『ホーホケキョ となりの山田くん』では、新しい表現にこだわる余りジブリの制作システムを崩壊させ、スタッフがボロボロになり、おまけに興行もガタガタだった。
その惨状を目の当たりにした宮﨑さんは、とうとうブチ切れた。
「パクさんにはもう二度と監督をやらせない!!」
 
宮﨑さんの「後任」として高畑さんにこき使われた作画監督・近藤喜文は、47歳の若さでこの世を去った。
その葬儀の時、高畑さんはある人にこう言われたという。
「近藤さんを殺したのは、高畑さんあなたです」
 
高畑さんはスタッフにどう思われようが平気な人だった。
宮﨑さんは「人格破綻者だ!」とまで言っている。
その彼が次作『かぐや姫の物語』に着手するまで、実に10年以上かかっている。
半ば干された格好だが、見るに見かねた鈴木さんが新作の提案をしても、ずっとグズって、とにかく言うことを聴かなかったという。
 
 
こういう考え方はもはや古いのかも知れないが、これが監督という仕事なのだと思う。
周りの迷惑考えない、スタッフを使い潰しても意に介さない。
しかし、作品に対しては誰よりも真剣だ。
 
それを許さない今のアニメ業界が衰退しているのは、自明の事実なのだと思う。
監督主義を崩壊させたのはいいが、代わりがない。
せめてプロデューサーがしっかりしていれば、アメリカのような制作スキームが作れるのだが……。
 
 
因みに高畑さんは「世界名作劇場」の時もグズって、ずっと宮﨑さんが車で送り迎えしていたそうだ。
僕はそこまでじゃないけれど、彼らに憧れてこの業界に入ったし、師匠にもそう叩き込まれたから、こういうやり方しかできない。
 
でもさ、今の現場も学級崩壊状態じゃないの?
監督という「先生」がもういないのだ。
そんなところから名作はもう誕生しないと思うよ?
誕生させる気ももうないんだろうけど。