『未来のミライ』を観終えて、開口一番一緒に行ったDEBUに
「監督が公に愚痴とか不満とか言えないからこうなちまうんだよ!だからTwitter持たせればいいんだよ!」
と、一喝した。
今年、アニメ映画の「私小説」化が酷い。
『さよ朝』『リズ』そして『ミライ』と、エンタメとは思えない薄気味悪い雰囲気の、ひとり言を聞かされているような作品が続いた。
偶然だろうか?確かに去年の作品が『ひるね姫』『メアリと魔女の花』『打ち上げ花火』と対照的なのは偶然だろうが、そろそろ「言いそう」な三人の監督が今年揃って、見事に「言って」しまったなぁ、という印象だ。
作品で愚痴ってしまっている。
「言いたいことは作品で言え!」の結果がこれだ。
もちろん誰も私小説の作法を知らないから、結果ただの作家の「ひとり言」ばかりが並んでしまった。
「不気味さ」の正体はこれだ。
今から太宰を死ぬ程読んで勉強しろ!とは言わない。しかし、みんなもうちょっと言いたいことをまとめる必要はあるだろう。
そしてそれ以上に、冒頭でも言った通り、監督にTwitterを持たせて、自由に喋らせるべきだ。
もうみんな精神的に限界なのだろう。
監督みんなで一斉に暴言吐きまくればいいのだ。
そうすれば監督ってみんなちょっとおかしな人達なんだね、と当たり前のように理解される日が来る。
2016年、『君の名は。』『この世界の片隅に』でにわかに活気づいたように見えたアニメ業界だが、やはりと言えばやはりだが、どんどんその馬脚を現している。
ひとり、またひとりと、膝を折っている。
僕はこの流れの後に続くのは、他ならぬ新海さん、そして片渕さんだと、敢えて予言しておく。
宮﨑さんひとりが、この流れを変えられるのかどうか。