中国ドラマ「山河月明」邦題「永楽帝~大明天下の輝き~」18~20話その2
このドラマ、なんだか中身が濃くて、メモなのに、やたら長くなる。
なまじ永楽帝の皇太子や孫の話を先に見ているので、その時の?を解きたい気持ちもある。ので。。。
しかも、20話では涙なくしては見られないお別れの場面や、朱元璋と铁铉の笑える?いや、対峙する場面もあるので、カンコロ的にはとてもとても面白い20話だった。
話の流れとしては一に書いたものでそんなに進展はないんですけど。
書くの面倒なので、張り付けときます。←メモるの疲れる~
陛下は即位以来宮中の乱政を厳しく禁じられ、宰相を廃止し、六部を皇帝の直属にして、大都督府も分割し、郡県を分散した
明の文武の臣下たちが権力を奪おうとする機会を断ち切りましたね。
陛下がなぜ、ここまで管制の改革に力を入れると?なぜ、今という時を選んで実行されたと思います?現在の明は人々が不安に包まれている。
日本語字幕でもわかりにくい。ので、メモっておきます。
姚广孝のセリフ日本語字幕より
名利と地位を餌にして天下の英雄を手中に収めようとしている。
陛下は六科に六部を観察させ都察院に百官を観察させました。
そして、六科と都察院はけん制し合う関係です。
天下の文武百官にひとたび異変が生じれば、陛下は細大漏らさず掌握できるのです。
更に刮目すべき点があります。六科の給事中であろうと都察院の御史であろうと
彼らはいずれも七品の官吏にすぎません。以前であれば中書省で地位の低い七品の官吏が宰相や侍郎への昇進を目指すとなれば、陛下がひとたび勅命を下せば、たちまち要職に就いて天子の近臣になれる。これほどの名利と地位を目の前にして天下の学徒が心を動かさずにいられると?
一定の権力は持てても地位は低い。朝政を乱そうとしても容易なことではない。
これこそが陛下による絶妙な手法です。陛下は建国の主、法令制度を定め、万世の手本を示すことです。明に様々な法が備われば、権勢を誇る大臣や文武百官後官の者たちも明を害することは二度とできなくなる。明は果たして安泰でしょうか?
お互いを見張る厳しい権限は与えながらも身分は与えない。身分を与える時は皇帝自らが与える。飴と鞭の教育法はこの時代からあったのか、中国人学習者の推進パワーの源はこのあたりにあるのかも。いやいや、とにかく、ものすごい緊張感を明国にもたらすために朱棣に锦衣卫を率いさせたと。が、膿を出し尽くした今、その緊張をほぐすタイミングを計っているところだという。明国に法律ができ、行き届けば、自然と国として潤滑に統治し、回るはずだと皇帝は考えているのか。表情豊かに姚广孝を演じた王绘春。
こうして朱棣は最高のアドバイザーを得る。その陰には妻徐妙云の功績は大きい。食いしん坊姚广孝の胃袋掴んじゃいましたものね。
ともあれ、後の永楽帝を創りあげる人々が続々と登場してきます。
新しく職を得たものの、まだ父の棺桶も買えない方孝孺。棺桶売りに頭を下げて持ち金ありったけを差し出す。そんな様子を馬車で通りかかった高貴な人物がお金を差し出すように指示する。これも賢妻徐妙云か。
膝をついてお礼を言う方孝孺
仲の良い長男皇太子朱标と第四皇子朱棣
厳しすぎる処分を強行したせいで厳しい矢面に立つ朱棣に自分の間違いを認めて謝る皇太子朱标、それでも今までは一度も間違ったことはない、間違ったことをするのはお前だったな。と、付け加えている(笑)それでも、必ず锦衣卫の職を解いてやるからと約束する。
北方へ行ける可能性があることを妻徐妙云に伝える朱棣。
锦衣卫を非難する訴状が積みあがる中で、前回、朱棣を投獄した時は、胡惟庸が扇動したものだったが、今回は汚職にかかわっていない清廉潔白な臣下からの訴状で、思いがけずガックリしている皇帝朱元璋。そんな父を気遣う皇太子朱标。
父朱元璋に学び、日々、父の忙しい政務を助ける皇太子朱标。
二人は本当によく話し合う。で、時々お茶目な二人。←何気に気に入っている。
その皇太子朱标に燕王朱棣に铁铉を連れてくるように伝える。
呼び出されて慌てて出ていく铁铉。17話の拷問のかけらもなくてよかった。
皇帝自らの質問に丁寧に答える铁铉
燕王朱棣を糾弾するのかという質問に、
燕王朱棣を糾弾したわけではない。锦衣卫のありように意見したまでという。
じゃぁ、锦衣卫を作った私が間違ていると?糾弾するのか?
铁铉が陛下にお答えします。←何度言ったことか。いちいち長い
糾弾ではなく戒めたまで。この言葉に慌てる皇太子と朱棣。
陛下が過ちを犯したときは諫めるのは臣下の役目。さすがに眉を吊り上げる皇帝
その様子を見て、仲裁に入ろうとする皇太子。
これって「耳が痛いわ。」くらいでしょうか?それとも「耳にタコだわ」?
聞き飽きたくらいがいいのかな?
結局、新しく六科給事部を作るつもりだが、その役に就かぬか。
曲がったことが嫌いなお主にぴったりな役目じゃ。って言ってませんけど。
ただし、今までは5品だったのが、7品に格下げになる。それでも良いか?
で、铁铉は恭しく承る。その潔さに皇帝はそなたに字(あざな)はあるか?と聞く。
「臣无字」と、答える铁铉。「没有」じゃないのね。この後皇帝は「没有」を使っていたので、「臣无字」の方が丁寧な表現なのでしょうか。
筆をとり、「鼎石」とかいて、この名を授けるという。
中国のややこしい所の一つ、名前がたくさんあること。この後、皇帝も皇后から重八と呼ばれますが、幼名とは違う様子。正式な名前のほかに、親しい人同士が呼び合う、通り名があって、それは成人してから、人につけてもらうことも、自分でつけることもあるらしいのですが、皇帝に字をつけてもらうことは大変名誉なことですよね。それにしても、石鍋って(笑)いやいや、鼎ははじめこそ、煮炊き用の鍋のことだったのが、だんだんと高級な権力の象徴のような意味合いが生まれてきたとか。
足が三本ということもみつどもえとか、三拍子そろっているとかにつかえるのかな?梃子でも動かない頑固者。という感じかも?それとも、国の悪事を見逃さない重しとなるという意味なのか。鉄だの、石だの、重いものを背負った人だ事。そうは見えないですが。見るからに文官です。でも、拷問に耐えるタフさもある。
陛下の恩恵に感謝申し上げます。ですかね
頂いた陛下の文字をもって帰っていく。
沢山画像を撮りましたが、また長くなるから。
冯绍峰(1978年10月7日出生)张天阳(1987年11月2日出生)やっぱり一回り张天阳の方が若いのね。朱一龙世代の俳優さん。
そして、韩承羽演じる李景隆が父李文忠の介護?看護?をしている。
私は新しい役職をいただいたけれど、父上は据え置きとは、陛下はあんまりだ。
と、不満を言う九江(これこそ、字らしい)一緒に育った朱棣がそう呼んでいたので、幼名かと思いましたが、幼名とは違う。でも、子供のころからだったら幼名?
李家は朱家と血縁関係にある。お前は皇帝の甥である。
が、皇帝はお前の大叔父ではない。どういう繋がりなのか。。。甥と大叔父、祖父が兄弟?それは置いておいて、いくら血のつながりがあっても、皇帝に対しては我々は臣下の一人でしかない。
臣下である以上、他国の姫と婚姻関係は結べない。海別のことはあきらめよ。
敵国の王の娘との縁組は直系の子孫だけなのね。第二皇子秦王朱爽の妻に敵国の王の妹がいたのは、敗戦で属国になった時に友好のしるしとして嫁入りしてきたようでしたから。
その兄弟でさえ、皇帝となったら、皇帝以外はすべて一臣下となるのが掟。
その事を忘れるでないと釘をさす父李文忠。
わかったと承諾する九江。残念ですな。
諦められるのか?こんなに美しい海別を。
そして、皇太子の長男孫皇太子の雄英を連れて、朱标と朱棣は視察に。
この後、孫皇太子雄英は痘瘡になる。
我が子雄英に付き添っていた皇太子朱标も高熱を出す。
孫皇太子雄英を看取った马皇后。皇后も感染してしまう。
感染するとわかっている皇后は誰も寄せ付けず、一度感染して治ったので看病したいという海別だけを部屋に入れる。
皇后が病気になったことを知り、会いに行こうとする皇帝を引き留める臣下たち。
宦官って、主人を守るためなら、何でもする人たちのようで、何本かの時代劇で、殴られたり、けられたりしているのを見る。今回も足にすがってお身を大切にと言う宦官が皇帝に蹴り倒されていた。
それでも、皇后の住む建物の前まで行く皇帝。
戸を少しだけ開けて、みんなに最後の別れを告げる皇后。
皇帝を重八と呼ぶ皇后、皇帝も小妹と呼んだように聞こえました。
泣いちゃったのよ~この場面。
陈宝国の朱元璋、すごくいいかも。おじさんに萌えてしまったわ。
人間丸いものが好きなので、体型が丸い朱元璋。小タヌキみたいでかわいい。
お耳の付いた冠かぶってるし。
皇太子も倒れる。
皇太子以下、皇子たちは「娘」と、呼んでました。「母亲」でもないので、
普通にお母さん。でしょうね。皇后でもない、お母さん。家族の情があふれてます。
皇太子の事を朱棣は「大哥」と、呼んでいます。「兄上」と、言いたいところですけど、「娘」を「お母さん/母さん」なら、「お兄さん/兄さん」ですかね。日本語字幕見忘れました。
ひたすら跪いて回復を祈る朱棣。その朱棣を執務室に呼ぶ皇帝。
皇太子は発熱中
皇帝の前にはたまった仕事が山積み。
訴状を読み回答をメモするように言う皇帝。
私の仕事ではないという朱棣。
皇太子は熱を出して寝ておる。老3、老4はいない。お前しかおらん。
と、たしなめる皇帝。 この↑老3、老4などの呼び方も初めは?でした。
皇帝が息子を呼ぶときに使うようです。どんどん増える人の呼び方。
一晩かかって読み続ける朱棣。最後の一つを読み終えて、お菓子を口に運びうとうとする。
その様子を見て、そうっと椅子を近づけ座る皇帝いや、父朱元璋。
なんだか、このあたりが、父朱元璋の息子への愛があふれているようで、また涙が。
この朝、皇后は明国の繁栄を祈りつつ亡くなる。そばにいるのは海別だけ。
嫁たちが「娘」と呼ぶのはともかく、海別も「娘」と呼んでいます。
確か、以前海別の事を皇后は「孩子」と、呼んでいたので、親子の約束をしたのか、后宫に入ったからにはすべて皇帝皇后の子供なのか。人間関係がわかっていれば、他人だと思いますが、ここだけ見たら、母と娘だと思います。
忙しくても、悲しくても、何があっても人前ではどうどうとした皇帝でなければならない。皇帝であるが故の悲しみを体現している。と、思う。程よい丸みがかわいい。
そして、父朱元璋は息子朱棣に孫皇太子を守れなかった罰として現職を解き、三日以内に北方の領地へ、行くことを命令する。
朱棣は、母皇后の供養のため僧侶を連れていくことを願い出る。
そして朱元璋は許可する。
病を押して、見送りに出てくる皇太子朱标。急がなくても良い、ゆっくり気を付けて行け。と、はなむけ。我が子の様に育てた朱棣を罪人としてに都落ちさせるのが辛い。百度だと朱标と朱棣は5歳違い。間に二人いるので、毎年生まれているのね。それもすごい。第17皇子まで書いてあったわ。
そして、そんな二人の別れを高みから見下ろす皇帝いや、父朱元璋。
何だか、涙腺が緩んじゃって、号泣です。
今回の事を問答で朱棣に確認する姚广孝。
すでに、朱棣は成長していた。父と兄の心をしっかり受け止めて、北方の領土を目指す。そこには義父徐达もいるし、なにより長男の体調のために良い場所でもある。妻徐妙云の心も落ち着くだろう。勿論、姚广孝も一緒だ。
都に残った皇帝と皇太子は新たに科挙を始める準備に入る。
一度は一部の地域に教育が偏っているからと科挙はまだ早いと言った皇帝であったが、人材育成を急務とするため、二年後から始めることに。
胡惟庸の案ですが、よろしいのですかという皇太子に、誰が出したかではない。良ければ誰の案でもいいのだという皇帝。皇太子は科挙に賛成だったので異論はない。
科挙は公正に試験で選ばれるだけのものかと思いましたけれど、勢力の関係で誰の推薦なのかなのが問題になっていた。第二第六皇子の推薦があって皇帝は怒る。なだめる皇太子。という一場面も。第四皇子燕王朱棣は北方の役人から我々からも推薦しましょうと言う提案にそれは法に触れるからしないときっぱり。
忙しさの中でも、皇太子は長男の母である正妻の常氏を訪れるが、まだ、息子雄英の死から立ち直れない皇太子妃の子供のおもちゃを抱いて眠る姿を見る。
涙目の皇太子がかわいい。一緒に泣いちゃう。
皇太子妃も皇太子が来ているのがわかっていながら、悲しみのあまり寝たふりをしていた。この二人はこの後すれ違っていくのだろうか。
なんだか、家族物語を見ているような気になってきた。
家族思いの父と、父思いの息子たち。それぞれ家族を思いやるお話のような。
そういうところがいいのかな。
汤唯の「大明风华」や「尚食」より見ていて落ち着くのはそのせいかもしれない。
また、長くなってしまった。。。メモせず覚えればいいのですが。絶対できない!!