
「この写真、なかなかイイと思いませんか」(恥ずかしながら自画自賛)。
これは、先日紹介した群馬の「めがね橋」上の遊歩道と、それに続くトンネルの風景なのだ。
しかしこうして、改めてトンネルというものをじっくり観察すると、トンネルという構造物には、不思議な魅力があることに気付く。
川端康成は「国境の長いトンネルを抜けると雪国だった」と書いた。
宮崎駿は「千と千尋の神隠し」でトンネルを抜けた先の別世界を描いた。
これらの作品を思い出すまでもなく、ボク等の心の片隅にはいつも、トンネルという闇の向こう側には常に、未知なる神秘的な世界が存在しているというような、かすかな期待があるのかもしれない?。
辞書には「トンネル」の語源はフランス語の「樽」であり、それが16世紀に「煙突」「パイプ」などの筒状の物を表すようになり、18世紀になって、地下に掘った通路を指すようになったと書いてあった。
1枚の写真を見て、こんなにも真面目なことを考えてしまった今日のボク。
どう考えても少しおかしい。
ひょっとして、熱があるのかもしれない。