最近何かを買おうと思った時、「コレを明日のボクも欲しがるだろうか」なんて考えるようになった。
 
 そして、そういうふうに考えた時の明日のボクという人物は、変な言い方だが、今のボクとは違う人のような、赤の他人のような感じがするのだ。
 
 アレレ、久々に話が哲学的になって来た。

 明日のボクは自分なのに自分じゃない。いや正しくは「明日のボクはまだ、ボクにはなっていない」ということなのだ。
 そんな時、周囲から変な雑音が聞こえて来た。

 「なんで物を買わない事を正当化するために、そんな変な理屈まで持ち出すの?」
 「結局は単なるケチでしょ?」

 正論が正論と認められるようになるには、やっぱり時間がかかるのだ。