本を読んでいる時、何となく嫌な気配がして左腕を見たら、特別にガラの悪そうな顔のヤブ蚊が、ボクの大切な血を必死に吸っている所だった。
 「よし、必殺右手叩きであの世へ送ってやる」と思って、本を置いた瞬間、上空へ飛び立ってしまった。
 
 本を置くという余分な動作がなければ、とは思ったが、まだそんなに遠くへは行っていないはずと、周囲を見回した。
 すると案の定、右前方をゆらゆらと飛んでいるではないか。
 ボクの血をたっぷり吸い込んだばかりだから、動きが鈍いのだ。
 そこですかさず「必殺空中握りつぶしだ」と叫んで、手を振り上げたが、叫んだのが余分だった。
 奴は急降下し、黒いテーブルの裏に身を潜めるという、隠遁の術を使ってきた。
 こうなってはもう引き返せない。待ち伏せして、しびれを切らして出て来た所を「瞬殺拍手潰し」で勝負に終止符を打ってやるぞと、神経を集中した。
 待つこと20秒、不気味な羽音が聞こえたと思ったら、テーブル裏から姿を現した敵が、何と今度は分身の術を使ったのか、2匹になっている。
 
 そんなことで慌ててどうする。
 ふと見ると2匹とも壁に沿って天井の方へ向かっている。
 「ここで逃がしてなるものか。秘術、壁圧死潰し・・・」。
 あたりは静寂に包まれた。
 
 見事、命中だ。
 
 手を壁からそっと離すと、白い壁紙を真っ赤に染めて、2匹の蚊が無惨な姿で潰れ、張り付いているではないか。凄い!、滅多に見れない2匹同時潰しに成功していた。
 とうとう悪漢どもに勝利したのだ。
 
 だがその感激に浸る間もなく、我に返った。
 赤く染まってしまった白い壁紙を、奥さんが帰る前にキレイにしとかなきゃいけない・・・と。