今朝の読売新聞編集手帳に、恋多きテノール歌手と言われた藤原義江さんの「ぼくは彼女たちに嘘をたくさん言ったが、一度だって騙したことはない」という言葉が引用されていた。
 ボクが出版社に勤めていた頃、売れない作家Tさんと良く酒を飲んだ。そのTさんは近くに女性が来ると必ず「あなたはホントに美しい」と、目をじっと見つめながら声をかける。すると「誰にでもおっしゃるんでしょ」とか「お上手ね」とか「ご冗談を」とか、女性達はそんな言葉を返すものの、皆まんざらでもない顔をしていた。
 だからというわけではないが、モテる人というのは嘘が上手い。
 ボクの先輩で、Mさんという50代で今だに独身という男性が居る。その人に数年前「高田馬場に可愛い娘の居るスナックがあるから付き合えよ」と誘われたことがある。
 店に入り席に付くなり、高そうなボトルがテーブルに3本も並んだ。「何で3本もあるの」とボクが聞くと、「Mさんって優しいから、来るたびにボトルを入れて下さるの」と、Mさんがお気に入りだというホステスが言った。そして「今日もお寿司、いいかしら」と慣れた口調でつぶやいた。Mさんは嬉しそうに「いいよ」と答えた。するとその女性は「Mさんてだから大好き」と耳元でつぶやき、頬にキスをし「特上寿司10人前お願い」とバーテンに声をかけた。
 そして届いた寿司をスタッフ皆でワイワイと食べ始めたのだが、食べている間、お客であるはずのボクとMさんはほとんど無視されていた。
 その後、Mさんはそのホステスの様々な要求に応えるため、サラ金通いを始め、大変な事になった。こんなのが、「嘘をつく」ではなく「騙す」という場合の、分かりやすい事例なのだろう。