テレビを見ていたら、たまたまゴミ屋敷の主人がインタビューに答えていて「これはゴミじゃない。毎日苦労して集めて来たオレの生活用品だ」と叫んでいた。
 ある人にとってはゴミだが、ある人にとっては宝物という実例は山のようにある。ボクの知り合いでも、箸袋や駅弁の包装紙を大切にコレクションしている人が居るし、海辺に落ちている木片を拾って来て「こりゃ自然が作った芸術品だよ」と力説し、リビングに飾っている人も居る。これはほんの一例だが、喜びや満足などというものは、この世に生きる人の数だけあると言ってもいいだろう。
 話は飛ぶが、そういうことから考えれば、鳩山総理の「アメリカ、沖縄県民、連立与党などの話も良く聞いて考えをまとめたい」という説明は「多分何も決まらないと思います」と言っているのと同じだ。
 総理でも企業の社長でも、トップに立つ人は孤独である。最後は誰かを泣かせることになっても、怒らせてしまうことになっても、結論を出さなければならない。
 ゴミ屋敷の主人が大喜びし、周辺住民が満足し、テレビ視聴者全員が納得するなどという解決法なんて、この世には存在しないのだから。