「嘘や隠し事のない、何でも話し合える夫婦になろうって、約束しました」。新婚の時は笑顔でそんなことを公言してしまう夫婦も多いが、実際そんなことはあり得ないし、それは結婚生活を1年も続ければすぐにわかる。
 夫婦関係であろうと、親子関係であろうと、その関係を円満に保ちたければ、多少の秘密を持ち、その秘密を守るために嘘をついてしまうことは、現実問題として仕方のないことなのだ。
 旧友たちと酒を酌み交わすと、そんな秘密の告白話で盛り上がる。しかし、じっくり聞いていると「そんなことを何年も秘密にして悩んでいるのか」と、不思議に思うような話もあれば「その話は、棺桶に入るまで、いや、あの世へ行っても絶対に明かしちゃいかんぞ」と、本気で心配してしまうような深刻な暴露話もある。
 特に夫婦というのは元々は他人なのである。だからその関係を大切に思うなら、特に注意深い気遣いと配慮が必要で、もし後ろめたいことをしてしまったとしても、その物証を残してはいけないし、疑念を持たれるような動揺を見せてはいけないのだ。結局は「知らなければお互い平和」なのである。
 でも、いろんな人の話を聞いて気付いたのは、秘密をたくさん持っている人、危険度の高い秘密を持っている人というのは、ある意味では人生を目一杯エンジョイしている裏返しとも考えられるわけで、正直羨ましい面もある。大きな秘密を持つような人生を歩んで悩むか、秘密にするようなこともない、ある意味平凡な人生を悩むのか、これも生きていく上での重要な選択だという気もする。