崖っぷちサラリーマン
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もしかして
あなたも 崖っぷち⁉️ニヤリ
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ま、色んな崖っぷちが
ありますがニヤリ





昨日のBlogの続きです★★★




母が
電話口で

「おばあちゃん(母の祖母)が可愛がってくれたから、お母さんよりもおばあちゃんが好きだった


と言葉を発した時


私に見えていたのは
母の中にいる少女でした


祖母(母の母)は、訳あって早くから
祖父とは別居していました。

その後、祖母は若い時は中学校の先生として
老いては幼稚園の園長先生として
仕事を続け、生涯を母の姉夫婦と一緒に故郷の徳島で過ごした。
 
かたや、母は幼い頃から、父方の祖母に預けられ、実母と過ごす事は、ほとんどなかった。

裕福ではなかったので、奨学金をもらいながら、呉から広島女学院の中学・高校へ進み、卒業式では総代を務めた。

卒業後は、画家目指し、美大を目指すもかなわず就職の後、結婚。その後、私が生まれる事となる。


おばあちゃんの方が、お母さんよりも好き
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母の中の少女
けなげに、自分に言い聞かせている


それが、はっきり見えた


女手ひとつで子育てしてきた私は
もしかすると、母にとって、自分の母を反芻する存在だったかもしれない


愛しているのに、
愛していると言えない母で
それでいい


母は、居てくれるだけで
太陽のような存在なのだから


何ひとつ母には、かなわないけど


母に「大好きだ」と
母に「愛している」と
母の元に生まれてきて良かったと


伝えることが出来るアップアップ
大好きな母に



まだ、間に合う






 


追想

子供の頃
祖母と母との関係は決して悪くないが  
すこし他人行儀であると感じていた

祖母は母にとても気を遣っていたように感じた

想像だけど

母も、求めていたのかもしれない
母も、淋しかったのかもしれない

祖母はもうこの世にいないし
母に聞くよしもないけれども