私を含め
 
クリスチャンが勘違いすることがあります。
 
神は、神を知らない世の中の人たちが
 
神に逆らうことで災いが来るのではなく
 
私たちクリスチャン、すなわち神を知っている人たちが
 
神に逆らうから災いが来るのだと言っています。
 
それはイスラエルの歴代の王様の書を見れば明らかです。
 
「さばきが神の家から始められる時がきた。」(ペテロの第一の手紙 4:17)
 
 
わたしたちクリスチャンは 今、
 
どれだけイエスを喜び賛美できているでしょうか?
 
目の前の問題にばかり目を留めて
 
その問題のなかに埋もれ
 
自分はダメだ他人はダメだと
 
すっかり気落ちしているとしたら
 
それはもうイエスさまにある勝利を手にしていないどころか
 
サタンの罠にまんまとやられていることになりませんか。
 
明日イエスさまが来られるとしたら
 
大丈夫でしょうか?
 
いつも自分の心の中に喜びがあるかどうか吟味したいと思います
 
イエスさまと繋がっていたならば、どんな状況にあっても
 
その平安と喜びはなくならないことを知りました。
 
なかったらすぐに、イエスさまに逃げ込みましょう。
 
聖霊様が心におられます。助けを求めましょう。
 
罪と言う言葉の言語の意味には、「」的外れ」と言う意味だけでなく、
 
「危険地域を歩んでいる」の意味があるのだと言います。
 
もし、心の中に恐怖や怖れがあったなら、それは危険~!という信号なのかもしれません。
 
実は、ここ数日わたしにも「なぜか平安がない。。。」と思うことがあり、すぐに主に尋ねました。
 
そのことについてはまた次回に書きたいと思います。
 
主に聞けば、すぐに教えて頂けます。
 
間違いに気付いたら、すぐに軌道修正したらよいのです。
 
 
 
 
世の中は知っていようと知っていまいと、
 
終わりに向かって大変、暗くなっています。
 
アメリカだけでなく、世界で起きていることは
 
気持ちが塞ぐほど恐ろしく悲しく、
 
聖書に書かれている世の終わりのしるしが起きています
 
 
 
 
イエスさまはもう既に十字架で
 
私達のために勝利しています。
 
その打ち傷により私達は癒されたとあります。
 
不思議なことに既に完了していることなのです。
 
その救いや、癒しの奇跡を受け取るのに必要なのは、
 
とにかく、信じることなのです。
 
それによって、イエスさまの救いや癒しを、今、受け取ることが出来ます。

そして、例えそれが今目に見えなくても自分の身に起きています

必ず変えられていきます。
 
主にある兄弟姉妹たちすべてが、
 
世の光、暗闇の星となって小さくても喜び輝き続けるよう
 
主は望んでおられます。
 
どんな問題があっても、大丈夫です。
 
わたしたちの神に不可能はないのですから。