https://x.com/hatanohiroshi/status/1749937929961791776?s=53&t=NORFaRgm4Ijh6qYteDF8Ww
言葉力?のある人は、素敵だなぁと思う。
『お別れホスピタル』を読んで、この投稿を思い出した。
死は平等でも死の形はそうではない、その通り。
自分の最期を、完全に、全てを希望に添うものにできるかと言えば、全ての人がそうではないのだろう。
治療をどこまでして欲しいのか、どんな死を理想とするのか。
「延命はいらない。痛いのも苦しいのもいや。どんどんモルヒネ打ってくれていい。寿命が短くなってもいいから。」
よく聞く話。私もそう思っているけど、そうもいかないことを、『お別れホスピタル』で察した。
今は、ネットで病院を選べる時代。
「◯◯先生に診てもらいたいから、◯◯病院に」と選べる。人気がありすぎて、全ての人が受け入れてもらえるわけではないらしいが。
それでも話を聞くと、最初の病院でどのように診断されるか、その後どのような主治医と出会うかは、人生そのものがそうであるように、やはり「運」の要素もあるようだ。
私は初期のがんでもあったし、何より大きい病院が1番家に近いこと、そして次男猫がいるので県外、市外の病院は最初から選択肢にはなかった。
主治医は、数名在籍している産婦人科医の中で「🎯」と思っている。治療に前向きでいられるかは、主治医の占める割合は大きい。
知人が乳がんを患った時は、主治医がどうしてもイヤで転院したそうだ。同じ病院で主治医を変えてくれとは言い難いが、近い病院に変えたいと言えば、角も立ち難いだろう。
主治医に何を求めるかは人それぞれだと思うが、経験や技術的に未熟であったとしても(=若い医師とは限らないけど)、避けられない最期ならば、漫画のような医師と共に迎えたい。
ファミマのモカブランド、美味しかった☺️その夜は眠れなかったけど😅