お昼にスーパーに行ったときのこと。

いつものように、売り出しの店内放送が流れている。
しかし、なぜか耳につく。

よくよく聞いてみれば、
「山内一豊でおなじみの土佐二十四万石・・・」

いったい何の売り出しなのかわからないが、
「山内一豊でおなじみ」
って何?


さて、今年の大河ドラマ、NHKもなかなかおもしろいところに目を付けたものだ。

戦国の武将(?)山内一豊とその妻 千代の物語

主役に据えたい女優がいて、その人に合わせて役を探した、という
感じがしないでもない。

最近、その「功名が辻」の原作を読んでいる。


司馬遼太郎は大好きで、彼の小説はたいてい読んでいるつもりだったが、
「功名が辻」はまだだった。

うだつのあがらない侍が、妻の内助の功により出世していく、という物語が
ピンとこなかったのかもしれない。

ともあれ、おもしろい。

しかし、やや寝不足・・・
今の状況を変えたいなら

何かひとつ変えてみることです。

禅問答のようですが、おそらくそれが一番良い方法です。
公共の電波、という言い方がされるテレビ。

「公共」とは? という言葉の意味になると、漠然としか思い付かない。

でも、「公共」という割には、ちょっと(かなり?)自覚が足りないような気がしませんか?

いまだ日本はメダルがない。

競技力が落ちたのか、それとも、日本の伸び以上に、他の国が伸びたのか?

いや、それは主題ではない。


「代表」ということについて。


オリンピック競技は、ますますショー化し、派手なパフォーマンス、
高度な技術を競う、という傾向にあると感じている。

技術そのものを競うことに危うさを感じている、そのことについては
既に書いた。


そんな競技の”代表”選手


”代表”の選考基準は知らないし、知らなくて良い。

世論の形成という意味で、その選考に圧力をかけることはできるかも
しれないが、それには興味がない。

しかし、思う。

競技のパフォーマンスがすごい、技術が高い、つまり、オリンピックで
上位を狙える、メダルが期待できる、というそれだけで”代表”にして
良いのだろうか?

それ以前に、

日本という国の「代表」
日本人の「代表」

という視点は要らないか?



オリンピック代表ではないが、ワールドカップ代表となった日本人選手の
奇抜な髪型に、他の国の選手らがまゆをひそめた、という話を聞いたことがある。

新聞記事には、

「HP勢は選手村での生活態度の悪さが目に余った」(2/20中国新聞)
という件(くだり)があった。

以下、想像でしかないが、

コンビニの前でたむろし、電車の床に座り込み、ところ構わずツバを吐く・・・

そんな人が「代表」だったりしたら嫌だなぁ。
5W1Hはよく言われる。

最近では、5W2Hとも言われる。

しかし、ことお金の話になると「5W3H」で捉える必要がある。
そんなことを、広島に行って学んでいる。

How
How Much
How Long

さて、どこからスタートするか?というと、
How Long
ということになると思う。

How Long

How Much
が同時、でも良い。

いずれにしても、
How Long
は外せない。

つまり、
いつまでに、いくら要るか?
ということだ。

How
はそのあと。

いつまでに、いくら要るか?
によって、方法は変わってくる。

リスクの取り方、とか、目標利回り、とか。。。

まずは、How Long と How Much からスタートしましょ。
古くからの友人がネットワークビジネスを始めたらしい。

昨日、久しぶりに会ったのが、そのセミナー(説明会?)の帰りで、
サンプルをくれた。

なぜか100円玉もくれた。
これは主題には関係ない。


ネットワークビジネスには感心しない。

俺も、ネットでたまたまそういうサイトにヒットして、一度、
そのネットワークビジネスが「イベント」と称する集まりに
参加したことがある。
1年前のことだ。

良さそうな話ではあったが、話を聞いただけだった。

確かに儲けられそうではあったし、サポートもしっかりしてそうだった。
商品そのものも良さそうに感じ、自分が使いたいとも思った。

でも、始めていない。
なぜかはよく分からないが、たぶん、やるには面倒に思えたのだろう。

以上は、自分の話。


友人のこと。

なぜ感心しないか?

そいつが自営業者だからだ。

ネットワークビジネスを始める前に、もっと本業でやることあるだろ?
ということと、
本業と全く関係ないことをやるのはどうなの?
ということだ。

ネットワークビジネスそのものの是非については、何も触れていないつもりなので、念の為。

昨日購入した新しい水槽をセットしました。


60cmの曲面水槽。


流木をパスタ鍋で煮てアク抜きし、

砂を洗い、

部屋の模様替えをしました。


いや、かっこいいです。

文化的な香りがします。

キンギョもなんだかきれいに見えます。


しかし、広すぎて、流木の隠れ家が豊富にありすぎて、

エビがどこに行ったのか見えなくなりました。


こういうのを「本末転倒」と言うのでしょう。


そんな訳で、明日、エビを追加します。

もうすぐ1歳6ヶ月になる子供がいる。

家では、キンギョを飼っている。

最近、水槽の汚れが目立つ。

結婚3周年を迎えた。


先週、ホームセンターで「ヤマトヌマエビ」を2匹買った。


最近、キンギョの水槽の汚れが目立つようになり、彼ら2匹に

がんばって掃除してもらおう、という横着な希望から買い、

キンギョとの共同生活を始めてもらったのがちょうど1週間前。


そのエビの存在が、もうすぐ1歳6ヶ月になる我が子の琴線に

触れたらしく、水槽を覗きこんでは、

エビッ!エビッ!

と連呼する。


彼ら2匹は、だいたい物陰に隠れていて見えない。


エビを見せろ!

と、我が子は親の手を引いて、水槽へといざなう。

見せてやると、やっぱり

エビッ!エビッ!

と叫んで、嬉しそうな顔をする。


嫁さんと話をした。


エビをもっと見やすくしてやりたい

今、部屋の隅にある水槽を、もっと表舞台に出そう

夜でも見やすいように灯りを付けたい

というようなことになり、さらに、そこに結婚3周年が重なり、

つまりは、


新しい水槽を買うことになりました。


というか、


今日、買ってきました。


60cmの曲面ガラスの水槽セット。

嫁さんの憧れだったそうです。


そんなわけで、明日(今日?)日曜日は、水槽のセッティングに決定!

何かモノを買う、サービスを受ける、その対価としてお金を払う。

よく言われることだが、お金を払うのは、
そのモノが欲しい、サービスを受けたい、
というそれ自体が目的ではなくて、それに伴う「感情の変化」が欲しいからだ。

でも、「感情の変化」という結果にフォーカスすれば、
実はモノを買う必要はないかもしれない。
お金をかけなくて良いかもしれない。

同じ結果に至る過程は、いくつもある。

できることをやればいい。
オリンピック競技の技術の進歩が目覚しい。

例えば、モーグル。

8年前の長野オリンピックで日本人選手が金メダルを獲得した。
素晴らしいパフォーマンスだったからだろう。

しかし、その当時の金メダルのパフォーマンスを、このトリノで
再現したとしても、メダルどころか、予選さえ突破できないかもしれない。

今の技術は、3Dという言葉もあるように、まったく別の次元にある。

しかし、思う。

高度な技術、というのは、その高度さがために評価されるのは何か違うのではないか?

正直なところ、スノーボード・ハーフパイプの技が見分けられない。
フィギュアスケートの3回転ループとか、サルコーとか、ルッツとかも
わからない。

技術とは、何かを実現するための過程で使うツールであって、それ自体が目的ではない、
そんなことも思う。

技術そのものを評価しているような気がする。

漠然とした危うさを感じる。