刈谷古城(三河国) | 三日月の館

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登城日 2010年 1月 6日(水)晴
難易度 ☆
場所   愛知県刈谷市天王町2丁目

 

刈谷城三の丸にある郷土資料館でもらったパンフレット「歴史の小径(城下町周辺)」に刈谷古城が載っていたので、ついでに行ってみました。
やはり、名鉄三河線刈谷市駅が最寄駅のようです。

 

【刈谷古城の概要】

知多郡緒川の城主水野貞守が刈谷に進出し、文明8年(1476)頃築城したといわれる。

禅僧万里集九の「梅花無尽蔵」には、「矢作在三川、蓋水野所住刈屋城三里」とある。

貞守のあと堅正、清忠と支配するが、忠正が金ヶ小路に新たな城を築いたため、廃城となった。

(パンフレットより)

 

現地付近に行っても城らしいものは見当たらず。
まず、本刈谷神社前からスタート。
「本」が付くくらいだから、ここが元々の刈谷なんだろう。

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神社を挟んで道の脇に土塁みたいな土の壁があった。

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城とは関係無いかもしれません。
良く見てみると…

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こんなところに貝があった。
大発見!
本刈谷神社付近には貝塚があるくらいですから。
この土の壁の向こうにこんもりとした森が見える。
あれが古城かな?
堀っぽいものも見えるし。

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横から見てみる。
それっぽいがちょっと違うみたい。

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市からもらったパンフレットによると、一区画西へ行った町井製作所の裏の高台らしい。

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古城跡は畑になっていました。

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上の様子。

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恐る恐る行ってみる。
市のパンフレットに案内が載っているのだから、ちょっとだけならいいですよね。
ごめんなさい。

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振り返る。
城跡を示すものは何も無かった…

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城下を見下ろす。
台地の先端部分に築城したのでしょう。

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何の成果も無く帰宅の途につく。
刈谷古城さようなら。

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逢妻川から見た風景。
壁に落書きが書いてある所の上に見えるあたりが刈谷古城。
左端のスタンドの照明施設が見えるあたりが刈谷城。

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帰りは平成大橋を渡って、JR武豊線緒川駅から帰りました。
緒川は水野氏の故地です。
緒川城で於大の方が生まれたそうです。
本日は日没してしまったので、いつか行ってみようと思います。
しかし、距離は刈谷駅と同じくらいでしたが、JR武豊線はローカル線なので、列車がなかなか来なかった。
失敗しました。
寒かったです。

 

(おまけ)

 

刈谷市のマンホール。
以前、三河国八橋の記事でカキツバタをご紹介しました。
市内北部に京都・大田の沢、鳥取・岩美町の唐川と並ぶ日本三大カキツバタ自生地の一つである小堤西池がある。

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消火栓もカキツバタ。

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こちらは対岸の東浦町のマンホール。
トビハゼが描かれていました。

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さすがに、於大の方は踏まれたら困るのでデザインされていなかったです。