2日目、朝食をしっかりいただいて午前9時洞川温泉を出発、天河大辨財天社(天河神社)に向かいました。
天河大辨財天社といえば霊験あらたかな神社として知られ、「呼ばれないと行けない」とか「縁のある人でないとお参りできない」とかいう話も―
以前から1度お参りしてみたいと言っていた相方はともかく、弁天さまに苦手意識のあるわたしが(なんとなくわたしには厳しい神様に感じる。)一緒に行って果たして無事たどり着けるのか、すごく不安だったのですが・・・
着けた!(T▽T)
<天河大辨財天社>
朱の鳥居に桜の古木が花を添える様がなんともやさしい・・・
神社の前に立ったとき、それまでの不安は消し飛んでしまいました。←単純
「大峯本宮 天河大辨財天社」は日本三大弁財天のひとつと称されます。
草創は飛鳥時代。役行者が大峯山を開山した際、蔵王権現を感得する以前に最高峰・弥山の鎮守として勧請し祀ったのがはじまりだとか。
<境内にある行者堂(左にある大きな石は天石のひとつ)>
その後天武天皇によって現在の場所に神殿が建てられたのだそうです。
手水舎で身を清め、
<手水舎>
石段を上り御社殿へ。
<石の鳥居と石段>
あの空海が大峯修行したおり最大の行場でもあったという天河神社。
それだけに、一歩一歩近づくにつれ緊張が高まります。
<御社殿へと続く石段>
石段を上りきり拝殿の前に立つと・・・、あれ?
<拝殿の前の足場>
足場・・・???
それに天河神社の象徴ともいえる五十鈴が・・・
<本来五十鈴の下がる梁>
ない・・・?!
そういえば入口に、五十鈴鈴緒の取り付け作業があるって案内が出てましたっけ。。。
<五十鈴鈴緒取り付け作業の案内>
ちょっと残念な気もしましたが、お参りできるだけでもありがたい。
足場の左にお賽銭箱が設けられていたので、そちらからお参りさせていただきました。
<天河大辨財天社本殿と拝殿>
天河神社の御祭神は、弁天さまとしても信仰される市杵島姫命。
琵琶を持つお姿をよく拝するので、わたしは音楽・芸能の神様としての印象が強かったのですが、神社によると弁天さまは水の流れる様を神格化した古代インドのサラスバティー神だそうで、本来の神徳は水の神さまなのだとか。
自然がもたらす様々な恵みの中でも特に水による恩恵が大きいわたし達(相方は水に関わる仕事をしています。)、しっかりお参りさせていただきました。
<天河大辨財天社境内>
この後五社殿にお参りして帰ろうとしたのですが、やはり五十鈴のことが気になり、いつ取り付けられるのか神社の方にお尋ねしたところ、「もうすぐです。」とのこと。
え?もうすぐ? (゚o゚〃)!!
それならばぜひともその場に立ち会いたいと、しばらく境内に留まることにしました。
<五社殿>
<天より降ったと伝わる天石>
<同じく天石>
間もなく、五十鈴鈴緒の取り付け作業に先立ち「五十鈴架け替え式」が始まりました。
神殿に響く宮司さんの祝詞をあげるお声、笛と太鼓の音―
宮司さんが手のひらに金の五十鈴をのせ、檀上でふるふると小刻みに揺らすと、涼やかで清らかな音色があたりを満たしました。
こんな場面に出会えるなんて夢みたい・・・
神事が終わり、いよいよ五十鈴が取り付けられます。
<五十鈴鈴緒取り付け作業の様子>
しかしかなり大がかりな作業なので、終わるまでは時間がかかりそう。
残念だけどまだ先の予定もあるし・・・と立ち去ろうとしたら、
「このような状況ですので、どうぞ足場の右側から上がってお参りください。」と宮司さん。
まさかの昇殿参拝・・・!
<参拝するかねし>
こんな近くで弁天さまにお参りできるなんて・・・
最初足場を見たときは「ちょっと残念な日に来ちゃったのかな?」と思ったのですが、実はその逆。後で知ったのですがこの日、4月7日は己巳の日(つちのとみのひ)で弁天さまの縁日だったのです。
このような大吉日に弁天さまとご縁をいただける参拝ができたこと、本当にありがたいと思いました。
参拝後、階段を下りるとき感動で足が震えてしまったのですが、さらに宮司さんからうれしいお言葉が。
「五十鈴ですが、触るのはダメですが写真に撮るぶんには構いませんよ。」
なんという幸運 ありがたくカメラに納めさせていただきました。
<錆びが落とされピカピカになった五十鈴>
「振り始め式」はこの1週間後、4月14日に執り行われるとのこと。
「いつかこの五十鈴の音を聞きに、またお参りに来られたらいいな。」
そう思いながら、天河大辨財天社を後にしました。
・天河大辨財天社:奈良県吉野郡天川村坪内107 HP