第四部・十三ノ二話(藤堂・菖蒲) | さらさの「粗野がーる」

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アメーバの携帯ゲーム「艶がーる」の主人公を、28歳・恋愛偏差値20の女性に置き換えた実験的小説を書いています。

あくまでフィクションなので、深く考えずに読んでください

別れる直前、藤堂さんは私を呼び止めた。

呼び止められることも、何故呼び止めるかもわかっていながら、「なにか?」と尋ねる自分を、意地が悪いと自覚している。

 

「花里さんは、」

 

「息災ですよ、変わりなくやってます」

 

切り出し辛そうにするのを引き受けつつも、真っ先に聞いて欲しいと毎回思う。

 

武士にあるまじき未練だと恥じる気持ちが躊躇いを産むのは、わかっている。

でも、それでも。

 

「伝えましょうか?『あい らぶ ゆう』って」

 

 

断られるのを承知で持ちかければ、案の定、藤堂さんは血相を変えた。

 

それはいけない、と言う。

 

「そうですね、ご自分で伝えなきゃ」

 

 

本当は、藤堂さんにも伝えたいことが沢山ある。

 

花里ちゃんの三味線は、ますます艶っぽくなってきたよ。

唄声も、なんともいえない哀歓を帯びて、涙するお客さんが沢山いるよ。

今でも、誰のものにもならずにいるよ。

待ってるよ、きっと貴方を待ってるよ。

 

望まれない伝言は、私の中に溜まっていく。

 

いつか溢れ出す前に、汲み出して欲しい。

 

願いを込めた視線を、藤堂さんは逸らさず受け止め、「はい」と応えた。

 

 

「島原一の芸子に相応しい男になれたなら、きっと」

 

 

これにて、と、藤堂さんは踵を返す。

 

人混みに紛れていく小柄な背中を、私は見送る。

 

彼が歩く「仁の道」。

 

花里ちゃんが歩く「芸の道」。

そして、土方さんが歩く「修羅の道」。

全ての道が繋がる場所はあるのだろうか。

 

物思いは尽きないが、とりあえず今は、道草を食った分早く帰らなければならない。

 

でないと、待っているのは「お小言の道」だ。

秋斉さんはこのところほとんど置屋にいないから、番頭さんが手ぐすねひいて待ち構えていることだろう。

 

息急ききって置屋に戻ってみれば、案に相違して秋斉さんはご在宅。

 

けれど、なにやらワケアリのご様子で。

部屋に戻らずここにいろと、番頭さんに帳場へ留めおかれた。

 

「なにか、ありましたか」

 

 

近頃の島原は、活気がない。

 

お客が少なければ、臨時雇いの私にお声も掛からなくなる。

簪作りの方が忙しかったのもあり、一月近く角屋で働いていない私は、すっかり世事に疎くなっていた。

たかが一月。されど一月。この時代の政治は、何か事が起これば、がらりと変わるから油断はならない。

慶喜さんに何かあったのではないか、不安を煽られ、恐々尋ねてみたものの、帰ってきた答えはまるで違うものだった。

 

「菖蒲とお話中や。あの子は、もうじきアレやさかい」

 

 

はっきり言わない都人のツネで、番頭さんは言葉を濁したが、すぐに察した。

 

年季だ。

冬が来たら、菖蒲さんの年季が明ける。

そして、神無月になれば、暦の上ではう冬だ。

 

「菖蒲さん、やっぱり祇園に移られてしまうんでしょうか」

 

「まさか。そない恩知らずなことしいしまへんやろ」

 

番頭さんは否定的だが、私は本人から心づもりを聞いている。

 

 

「通いでもええさかい、うちに残ってくれたら有難いんやけどなあ」

 

「ほんとに」

 

算盤を弾く番頭さんと私の思惑は違うのだろうけど、菖蒲さんに出て行って欲しくない気持ちは同じ。

 

二人して内所を気にしながら、お開きを待つこと小半刻。

 

衣擦れの音をさせて奥の廊下から現れた菖蒲さんは、常とかわらぬ微笑みを私たちに向けた。

 

私には、「おかえりやす」、番頭さんには、「旦那さんがお呼びどす」と。

 

二階へ戻る菖蒲さんを見送った私は、気づいてしまった。

 

 

菖蒲さんの、手。

 

秋斉さんの手を、「よう冷えてはりますなあ」と優しく柔らかく包んだ手。

芯張り棒を外すこと、襖を開けることに捉われていた私に、違う答えを示してくれた手が、着物の褄を強く握り締めている。

 

「菖蒲さんっ」

 

 

呼びかけに振り向いた菖蒲さんの顔は、暗くてよく見えない。

 

なんどっしゃろかと応える声は穏やかだ。

 

「葛湯を持っていってもいいですか」

 

 

階段下まで行って、尋ねた。

 

 

「まあ、嬉しい」

 

 

おおきに、と受けてくれたのは本心だったかどうか。

 

恐らくお愛想だったろう。

けれど、「どうせ飲むなら」と続いた言葉は、暗がりに切々と響いた。

 

「酔えるもんがよろしおす」

 

 

顧みた番頭さんは、黙って頷き。

 

私は、すぐさま仲町の酒屋へと駆け出した。

 

続く