第四部・十三話(藤堂) | さらさの「粗野がーる」

さらさの「粗野がーる」

アメーバの携帯ゲーム「艶がーる」の主人公を、28歳・恋愛偏差値20の女性に置き換えた実験的小説を書いています。

あくまでフィクションなので、深く考えずに読んでください

八坂神社と聞けば、思い浮かべるのは、人でごった返す真っ赤な楼門と広い石段。

現代人なら、大抵の人はそうだろう。

けれど、この時代むしろ賑わっているのは南の正門前だ。


その正門前に広がる色町に、花簪を納めに行った帰り道、雑踏の中から私を呼ぶ声があった。

足を止めて見回せば、門前の水茶屋で店先の床几に腰掛けた藤堂さんが、こちらに手を挙げている。


手甲脚絆に草鞋履き。斜めに背負った風呂敷も野袴も埃じみているところを見ると、旅から戻ったばかりらしい。

聞けばまた美濃に行っていたのだと言う。


「美濃、ですか」


声が少し尖ったのは、先日沖田さんを見舞った帰り道に行き会った、巡邏帰りの永倉さんを介して耳にした話のせいだ。


新選組にいるときから、藤堂さんは美濃へ出張することが多かった。

それは、新選組が京坂のみならず、西国版『八州廻り』の役を担えるようにという算段だったのだけれど、藤堂さんが築いた地盤は、彼が御陵衛士として新選組を抜けるにあたり、ごっそり持っていかれてしまったのだとか。


筋が通らねぇと、永倉さんは憤っていたし、梅鶯庵では、そんな話、チラとも出なかったものの、屯所では土方さんも荒れ狂ったと聞いた。


土方さんは土方さん。私は私。

隊士と衛士の交流を禁じる法度も、私を縛ることは出来ない。

だから、こうして市中で衛士の面々と出会ったら、以前と変わらない態度で接してはいるのだけれど、美濃絡みの藤堂さんの行動は、ちょっといただけないと私も思う。


せっかく円満に分離したのに。

そもそも、この国を外圧から守るため、佐幕、尊皇の思想を越えた活動をせんがための分離ではなかったのか。


「水野の親分もそちらへ行かれたそうですね」


藤堂さんも自覚があるのだろう。

ええ、まあと答える声にキレがない。


「『一和同心』じゃないんですか」


『一和同心』―――それは、伊東さんが掲げた理想だ。藩も、立場も越えて、同じ国に暮らす者が心を一つにして和する。

キラキラした目でそれを語られたらしい秋斉さんは、もちろん「甘っちょろい」とぼやいていたけれど。


「・・・新選組を離れてみて、気づいたことがあるんです」


足の間に垂らした組んだ両手を見つめていた藤堂さんが、ぽつりと言った。


「美しい花を咲かせる庭師の手は、土に塗れている」


静かな声と裏腹に、力のこもる両手の指。

通りのざわめきも、店内に響いていたテンポ良く豆腐を拍子切りにする音も、すっと遠ざかった気がした。


「私は、伊東先生の『左右の手』ですから」


そう言って藤堂さんは、花開くように微笑んだ。

いつか水野の親分が喩えた『泥土の蓮』そのままの姿が、なんだか眩しすぎて。


「秋斉さんから聞いたんですけど」


私は、何度か目を瞬かせ、話の舵を大きく切った。


「英語―――エゲレス語を学び始められたとか」


新選組から分離する直前まで、伊東さんは長崎にいた。

そこで欧米諸国の隆盛を目にし、それまでの「西洋不服」とする考えが改まり、今は「大開国」なのだと聞く。

敵を知るには、まずその言葉からというわけだ。

切り替えが早く柔軟なのは、伊東さんらしい。


「どんな言葉を覚えました?」


水を向けると、藤堂さんは身体ごと私に向き直り、一言一言大袈裟な口の動きでこう言った。


「『あい らぶ きゅう』」


まさかのーっ。

危うくお茶を吹くところだった。

微妙に間違っているところがまた笑いを誘う。


「先生曰く、最も覚えるべき言葉らしいです」


なんでだよ。


「『らぶ』とは、西洋で最も尊ばれる思想なのだとか。『らぶ』なくして、『一和同心』はなし得ないそうで」

「ああ・・・なるほど」


そうかと腑に落ちるものがあって、私は曇った空を見上げた。


「『らぶ』は、『仁』ですもんね」

「まさにっ。そうか、『仁』・・・・・・」


藤堂さんは私の解釈がお気に召したらしく、しきりに頷いている。


「しかし、さくらさんはどこでエゲレス語を?」

「えーと、『らぶ』だけ知ってます。ある人に教わったんです。意見が違って殴り合うにしても、『らぶ』を忘れてはいけないって」


冷や汗をかいて誤魔化しながら、私は心の内で、坂本さんと伊東さんを重ねていた。

タイプはまるで違うけれど、不思議と共通点の多い二人を。


『らぶは仁なり』―――そう書き付けた紙は、どこへ行ったのだっけ。

土方さんに話してみようと思っていたはずなのに、すっかり忘れていた。

彼が江戸から戻ってきたら、折を見て伝えてみよう。


まずは、「『あい らぶ ゆう』」と。

土方さんはどんな顔をするだろう。


想像するとおかしくなって、お茶と一緒に含み笑いを飲み込んだ。


続く