第四部・第十話(秋斉) | さらさの「粗野がーる」

さらさの「粗野がーる」

アメーバの携帯ゲーム「艶がーる」の主人公を、28歳・恋愛偏差値20の女性に置き換えた実験的小説を書いています。

あくまでフィクションなので、深く考えずに読んでください

縁側に座って針仕事をしていると、日の当たった膝元にちらちらと細かく影が舞う。

目をやった庭の隅には、いずこの揚屋から流されてきたものか、桜の花弁が積もっていた。


花の命は短くて。

吹き込む風はまだ冷たさを残すのに、早、桜は散り始めたらしい。


(今年もダメだったな・・・・・・)


針を持つ手を機械的に動かしながら、果たされないままの約束に思いを馳せる。


―――命日には藍屋殿も誘って墓参りをしませんか


蘇るのは、キラキラの美声。


―――彼の三味線を山南さんにも聴かせてあげたい。そのまま花見にでかけるのもいいな

 


伊東さんは、まだ九州だろうか。

去年は、確か広島に行っていた。

あの時も滞在が長引いて、わざわざ詫び状が届いたのだった。


ふと、伊東さんのことを思っても、全く影の差さない自身の心に気づく。

結局、三木さんの本心も伊東さんの関与もわからずじまいながら、今の私は、お夕さんの想いが必ず届くと確信できている。


(永倉さんのお陰だな)


拳を開こうというお夕さんの想いが届いたなら、あんな事件はもう起こらない。

万が一起こったなら、永倉さんは身体を張ってでも止めてくれるだろう。

いざという時に備えて日々の鍛錬を怠る気はないけれど、土方さんと一つ屋根の下で寝起きしている凄腕の剣客が、味方をしてくれる安心感はやはり大きい。


「よし、出来た」


せっせと縫っていたのは、赤ちゃんのおしめ。

玉緒さんの出産に備えるのだという私を、「気の早い」と笑う秋斉さんは、無事に生まれるかどうかも怪しいものだとなんて意地悪も言う。

そう言いつつ、実際生まれた子を一番可愛がるのは彼だろうと、私は予想している。


縫いどまりに玉結びを施して、空を見上げた。

終日小雨が降っていた昨日とは打って変わった晴天だ。

けれど、あと半刻もすれば日差しは庇に遮られるだろう。


そろそろ潮だと腰を上げ、針箱を提げて部屋へと戻った。文机の前に正座をすれば、畳んであった布団の上で丸まっていたクロが、すかさず膝に乗ってくる。


そこへ、締めた障子の向こうから、「さくらはん」と呼ぶ秋斉さんの声が届いた。


「開けても、ええか」

「はいっ。すいません」


開けに立とうもどっかりと腰を据えたクロが邪魔をする。

すっと音もなく開いた障子から、秋斉さんが顔を出し、「お届けものや」と油紙に包まれたものを差し出した。


「伊東はんから」


言われてびっくり。

なんて、タイムリー。


開けてみろと促された中身は、木箱におさめられたガラス細工が二つ。

一つは青く、一つは紫、形は同じ丸底フラスコを小さくしたようなそれには、見覚えがあった。


「『ぽっぺん』ですね」

「へえ。長崎土産やそうで」


そうだ、長崎の郷土玩具。

吹けば、その名のとおり『ぽっ、ぺん』と優しい音がする。


「おや、うまいこと吹きはる。初めてやないのん」

「ええ、持ってたんです。ここに来る前に」


少女の頃、誰かにもらった『ぽっぺん』は、赤い色で。

目の前のものとは違い、絵付けもなにもない素っ気無い作りではあったものの、陽に透かすと本当に綺麗で。

ずっと気に入りで家を出るときも持って出た。

一人で暮らしていたアパートの窓辺で、今も私の帰りを待っているはずだ。


(あれは、誰に貰ったんだっけ・・・・・・)


確か、修学旅行のお土産だったはずだから、実家の隣に住んでいた幼馴染ではなかったか。

幼馴染とはいえ、相手は五つ、六つ年上で。一緒に学校に通ったこともなく、仄かな憧れを抱きはしても、近くて遠い存在だった。


他のすべての人と同じく、顔も名前も想い出せない彼は、いつのまにか隣家からいなくなっていた。

遠くの学校に進学したと聞き、暫く悲しい思いをしたのだっけ。


(思えば、あれが初恋だったなあ)


ぽっ、ぺん。

ぽっ、ぺん。


思い出を追いながら、吹き鳴らしていた『ぽっぺん』を、秋斉さんにひょいと取り上げられた。


 そのまま、平気な顔をして咥えられ、ぎょっと目を剥く。


「ちょっっっっっっっっっ、あっ、」

「―――わて、ようならせしまへんわ」


私の動揺をよそに、秋斉さんは、案外難しいと首を捻っている。

もう一個あるのにっ。そっち吹けばいいのにっ。

いや、別に嫌なわけじゃいないけどっ。

間接キスだとか、照れる歳でもないけどっ。

それでも心臓が飛び跳ねるのは、秋斉さんが色男過ぎるからだ。


「こない益体もないもんをわざわざ送ってきて。何を考えてはるのやろね、あのお人は」


手の中で『ぽっぺん』を回しながら、秋斉さんは毒づく。


「鳴るんやったらともかく、鳴らへんし」


いや、鳴るし。

不平を鳴らす秋斉さんが可愛く思えて、微笑んだ私は、次の言葉に耳を疑った。


「新選組を抜けるとか言うてはるし」

「――――――えっ?」


何故だろう。

その刹那、耳の奥で鳴り響いたのは、滝壷へ流れ込む大量の水。

いつか夢で見た、瀑布の立てる轟音だった。


続く