第四部・一ノ二話(土方) | さらさの「粗野がーる」

さらさの「粗野がーる」

アメーバの携帯ゲーム「艶がーる」の主人公を、28歳・恋愛偏差値20の女性に置き換えた実験的小説を書いています。

あくまでフィクションなので、深く考えずに読んでください


お夏さん発の「土方さんイケメン情報」により、私の脳内では、「第三十五回(推定)惚れ直し大会」が開催され、お陰で、給仕をしながらの夕餉の席では、終始幸せ気分だった。


土方さんは、いつもながらのスピードで、それでも美しい箸使いで並んだおかずを次々と平らげていく。

ふと箸を止めて「うまい」と呟いたのは、里芋餅を口にした時だ。

煮そびれてしまわれた少しばかりの里芋を、ふかして潰して拵えたそれは、今夜の献立で唯一私が作ったものだった。


―――つくづく、この人には、私を喜ばせるプログラミングが施されているのではなかろうかと思ってしまう。


「先刻から、何をニヤニヤしてやがんだ」


不審がる土方さんを「別に」とかわし、おなつさんからのお礼を伝えた。


「ほんまに優しい旦那さんで、うらやましいって言ってましたよ」

「何の話だ。俺ぁ知らねぇな」


ぷいっとそっぽを向いた土方さんが、ぼそり呟く。


「山崎じゃねぇのか」

「えっ、山崎さん!?帰ってきてるんですかっ?」


寝耳に水だと身を乗り出せば、昨日戻ったと短い答えを寄越された。

昨日は十五日。野分が来たのは、六日から七日にかけてだ。


「・・・言ってることおかしいですよ、土方さん」

「うるせぇな。山崎じゃなきゃあ、どっかの誰かだ。俺ぁ、知らん」


どこの誰だよ。

突っ込みたいところを、「そうですか、どなたでしょうね」と言うにとどめておく。

けれど、あまりに棒読みが過ぎたせいか、土方さんは「そんなことより」と無理やり話の舵を切った。


「藍屋はどうしている」


どきりと、胸が飛び跳ねる。


「藍屋の主だ。あいつは、今どうしている」

「秋斉さんは・・・留守です」

「いつからだ」


なんだろう、これは。

何かの尋問?

それなら、うかつなことは言えない。


口を噤んだ私に、土方さんの眼差しに探る色が深くなる。


「大方、先日屯所に来たあの日か、もしくは前日ってとこだろ」

「・・・何が、あったんですか」


返事はすぐにはなかった。

庭先で、リリ、リリリと秋の虫が、伺いを立てるように鳴き始めた。


「中納言様が長州に進発しようとされていたのは、知っているな?」


土方さんの意図が読めない私は、軽く顎を引いた。首肯ともつかない僅かな動きに、それでも土方さんは、「だろうな」と一人納得している。


「進発が決まったのは、お前が若州屋敷で療養中だと書いて寄越した、丁度その頃だったからな」

「療養していたのは本当ですよ」

「だが、それだけじゃあなかったろうが」


痛いところを突かれてぐっと詰まるも、土方さんは「まあいい」といなし。


「小笠原壱岐守は知っているか」

「幕府の偉い人ですよね。確か、ご老中で・・・・・・」

「此度の戦で、小倉口の大将を任されていたお人だ。そいつが、尻尾巻いて帰ってきやがった」


吐き捨てるような口ぶりだった。


「戦況が思わしくないからですか?」

「それも、あるだろうよ。いや、実のところはそれが全てなんだろうが、表向きの理由は、『公方様薨去につき』だ」

「えっ!?」


驚いた。

慶喜さんんが将軍になるならないの話は、将軍様が病床にあるからだと思っていた。

将軍様の病が重篤で、大坂城にて臥せっておられるとの噂は、かなり以前から市中に出回っていた。

けど、既に亡くなっていたなんて。


「お前、島原でその噂を耳にしたか?」

「いえ、ご病気だとは聞いていましたが」

「俺もだ。だが、山崎によれば戦地(あっち)では、先月から既に噂は流れていたらしい。探ったところ、大坂から芸州へ商いに来ていた行商人が出所らしい」


土方さんは、手を伸ばして私が中途半端に注いだ番茶をあおった。


「おかしな話だと思わねぇか。京坂で封じられた噂が、何故芸州で流れるのか。そもそも、何故、行商風情がそんなことを知ってやがったのか」

「はあ・・・・・・」


気の抜けた返事しかできなかった。

決して頭の回転が速くない私は、得た情報を即座に処理することができない。


「とにかく、壱岐守は公方様薨去の噂に泡食って逃げ帰り、中納言様は、あっさり前言撤回ときた」

「え?」

「長州行きは沙汰止みだとよ。あんだけ、大討ち込みだとぶっておいて」


―――慶喜さんの長州出陣は中止。

それはつまり、彼の計画が頓挫としたということで。


(結局、慶喜さんは将軍にならざるを得ないってこと?)


ぼんやりと、考える。

焦点が曖昧になった視界に、藍色と白がちらつく。

ばらばらの情報が、少しずつ固まって、一つの結論に結びつきかけたとき、「おい」と呼びかけられた。


「何を、考えている」


私を見据える土方さんの目に、また探る色が現れている。


「それは、どういうことかって・・・誰の目線で考えたらいいんだろうって・・・・・・」


慶喜さんか、それとも秋斉さんか。

二人それぞれにとって、凶事なのか慶事なのか。


「俺じゃねぇのかよ」

「――――――っ」


ハっとして見直した土方さんの顔は、もう、新選組の副長のものではなくなっていた。


「俺の連れ合いとしては考えられねぇのか」


薄く笑みの浮かんだ、それでいて苦みの滲むその顔に胸をつかれた。


「そ、そうですよねっ」


慌てて頷き、ちょっと待ってと掌を突き出す。


「大将が逃げてきて、慶喜さんが出陣しないってことは、つまり幕府が負けってことで・・・。新選組は幕府のお預かりなわけだから・・・・・・・」


ぶつぶつと呟きながら、事実を整理した挙句に、がばっと膝立ちになった。


「大変じゃないですかっ?大変ですよねっ?」


どうなる、どうすると詰め寄れば、土方さんは何故か拳を口に当てて笑み崩れた。


「さあな。とりあえず、肥後守様は守護職を解かれるって話はあるな」

「え、えっ?笑いごとじゃないですよ。江戸に帰されるとか、そういっ・・・・・・・」


ぐいっと突き出された掌に、言葉を封じられた。


「どう転がるかはわからねえ。が、転がされるままでいやしねぇし、仮に江戸に戻ることになったとしても」


手の甲が、さらりと私の頬を撫でていく。

宥めるように、慰撫すよるように。


「置いてきゃしねぇから、安心しな」


―――早くも三十六回惚れ直し大会、開催だ。


  一ノ三話に続く