枡屋さんの傷は、思ったよりは浅かったものの気温の上がっていくこの時期油断はできない。
とりあえず手拭いを割いて上腕をきつく縛り、血止めを施す。
消毒するためのアルコールや薬がないから、傷口は覆わないほうがいいだろう。
なにがあったのかと尋ねた私に、枡屋さんは眉を下げた。
「痴情のもつれどす。 別れ話したら逆上されて」
「・・・・・・」
枡屋さんの答えに、私は自分の目が据わるのを感じた。
「なにで切られました?」
「・・・剃刀で」
嘘をつけ、嘘をっ!
剃刀でこんな切り口になるわけない。
剃刀で切られた傷に関しては詳しいですよ、私は今。
そもそも、それなら何でこんなとこに隠れてるんですかって話。
「勘忍・・・・・・」
思い切り疑わしげな顔になっていたのだろう。
枡屋さんは小さくそう呟いた。
出血のせいか、顔色が悪い。
「もう行っとくれやす、さくらはん。わてとおったら迷惑がかかるさかい」
この人は、何か大きな秘密を抱えている。
それは以前から感じていた。
秋斉さんから聞いた話では、高杉さんは「尊王攘夷派」の中でも「激派」とされる考え方の持ち主だという。
新選組は、同じ攘夷思想を持ってはいるものの、幕府主導で譲位がなされるべきとする、公武合体派らしい。
同じ公武合体思想の中にも、「開国派」と「攘夷派」とに分かれるらしく、薩摩や越前は「開国派」、帝ご自身はごりごりの「攘夷派」だとか。
枡屋さんは、「激派」の高杉さんと親しく、また先日お座敷で話してくれたお師匠さんのことを考え合わせると、自身が過激派である可能性も高い。
―――それなら、彼は新選組の・・・・・・
枡屋さんの品よく整った顔を見つめながら、目まぐるしく思考を巡らせていた私は、境内から響いてきた幾人かの男性の声に身を強張らせた。
「ここは阿部と私がいく!他の者は裏門へ回れっ」
「承知しました、いくぞっ」
咄嗟に窺った枡屋さんは、さらに血の気を失い眉根を寄せてぐっと目を閉じた。
もはや、これまで。そんな声が聞こえるようだ。
「こっちへっ」
私は枡屋さんの手をひいて、ところどころ畳の剥がれた床下へ彼を押しこんだ。
腐った畳を踏みぬかないよう用心して、素早く入口の方へと移動する。
足音が近づき、障子に刀を構えた二人分の影が映り、勢いよく開かれた。
踏み込んできた人の一人は、私のよく知る人だった。
声を聞いた時からわかっていた。
けれど、私の知っている彼とは別人のように険呑な眼差しで、全身から猛々しい気を発散させている。
それは、命のやりとりする人の気配だ。
「そこにいる者、手を頭の後ろにしてこっちへ来いっ」
暗がりに立つ私に向かって、凛とした声が呼びかける。
境内で響いた声を聞いた時は、彼が相手ならなんとかなりそうだと安堵したのだけど、抜き身の刀と剥きだしの殺気に汗が噴き出す。
それでも何とか息を整え、私は天井から差し込む光の下に移動して彼に声をかけた。
「こんにちは・・・藤堂さん」