好きな人に、初めて手料理を食べてもらうというのは、緊張するものだ。
はたして沢庵が手料理と言えるのかは別として。
無事納まった部屋の中。
土方さんが脱いだ袴を、自分でやるから構わないと言われたのを制して畳みつつ、私の全神経は、沢庵に箸をつける土方さんへと注がれていた。
ぱりぽりと小気味のいい音を立てて沢庵を咀嚼した土方さんは、一枚食べ終わると箸を置き、無言で湯呑に手を伸ばす。
く、口直しだろうか。
再び箸をとって、ぱりぽり。
今度は三枚立て続けに食べた。
「そう凝っと見られると食いづれぇんだが」
「すみません・・・・・」
袴を畳む手はすっかりお留守。食べる様子を固唾を飲んで見守っていたのに気づき、恥ずかしくなった。
また目元が赤くなっているのではと俯いた耳に、更なる咀嚼音が届く。
御馳走さんの声に顔を上げると、食べる間はきちんとしていた膝を崩した土方さんと目があった。
「うまかった。茶もうまい」
そう言われ、安堵と嬉しさに息を吐いたところへ、「そう言ってくれと顔にかいてある」にやりと笑われた。
「いつでも嫁にいけるな」
「・・・・・・」
これは、褒めてくれているんだろうか。
それとも、すでに手遅れな私への嫌味だろうか。
胡坐を更に崩して、立てた片膝に腕を置き、もう片方の手にもった湯呑に視線を落として、土方さんは小さく呟いた。
「どの道、俺はもらってやれんが」
「そんな期待はしてません」
即答しつつ、ちくりと胸が痛む。
わかってはいても、はっきり言われると傷つくものだ。
「
・・・ほう。先日は、故郷(さと)に連れ帰ってくれと言ったくせによ」
「それはっ・・・・・・」
また揶揄う気かと、一度は落とした視線を上げてみて、言葉を飲み込んだ。
土方さんの顔には、予測していた笑みがない。
眉間にくっきりはっきりシワを寄せ、僅かに顎をあげて私を睨めつけるその様は、わかりやすく不機嫌だ。
「なんで怒ってるんですか」
「怒ってねぇ」
いや、怒ってるでしょ。どう見ても。
その顔で怒ってないなんて、沖田さんでも信じない。
などと指摘したところで、火に油を注ぐのは目に見えている。
ここは話題を変えることにしよう。
「そう言えば、さっき、湯呑がどうとかおっしゃってましたけど、なんでした?」
台所で土方さんが言いかけていたことを思いだし、話を振ってみたところ、土方さんの表情が更に更に不快気に歪んだ。
「慶喜さんだ」
話題選びに失敗したかと身を竦ませたところへ、思いもかけない名前がでてきて。
「その湯呑を気にいったからくれと言ってきてよ」
「はあ? 」
「お前の湯呑と似てるから欲しいんだとよ」
「・・・・・・」
何考えてんだ、あの人。
慶喜さんとは、市中を騎馬で疾走していったのを見て以来会っていない。
「なんであの人が、お前と同じ湯呑を欲しがるんだ」
「知りませんよ」
そんなこと、そんな険しい顔して聞かれましても。
本人に聞いて欲しい。
「で、差し上げるんですか」
慶喜さんは、将軍後見職の「一橋慶喜」。細かいことはよくわからないけど、偉いさんだ。
土方さんの立場上、くれと言われたら断れないだろうし、お揃い気分もこれまでかと、慶喜さんが恨めしくなる。
けれど、眉を下げた私に、土方さんは片頬だけで笑って見せた。
「やらねぇよ。気に入ってるからな」
そのままぐいっと身を乗り出され、近すぎる距離に焦点がぼやける。
「・・・どんな奴が欲しがっても、誰にも譲るつもりはねぇ」
不敵な笑みとは裏腹に、そう囁いた声がやけに真摯だったから。
勘違い、しそうになった。
湯呑、の話なのに。
自分のことを言われている気がして。
そんなわけない、落ち着こうと思うほどに、心臓が暴れる
鼻先が触れ合ったのはほんの一瞬。すぐさま離れて行ったのに、顔も耳も、首まで熱い。
ちらり上目で窺った土方さんは、元の位置に戻って涼しい顔をしていて、それが無性に悔しかった。
私一人舞い上がって、私一人動揺して。
見えるようで見えない。近いようで遠い。
土方さんの本心を掴みかねて、私はいつも、同じ場所で足踏みをしている。
伏し目がちにお茶を啜る土方さんの視線が、私を捉えて、眦の上がった、少し冷たい印象の二重瞼が、ふうっと弧を描く。
威圧感のある怜悧な顔が、微笑み一つで情味に溢れ、柔らかく緩むその様から、目が離せなくなる。
自分の目の下を指でなぞりながら、「また赤くなってるぞ」と揶揄されても、笑っていてくれること、それ自体が嬉しいと。
そんな風に思ってしまえるこの状況が、馬鹿馬鹿しくも悪くないと、私も一緒に微笑んだ。
九十九話に続く