第三十七話(土方) | さらさの「粗野がーる」

さらさの「粗野がーる」

アメーバの携帯ゲーム「艶がーる」の主人公を、28歳・恋愛偏差値20の女性に置き換えた実験的小説を書いています。

あくまでフィクションなので、深く考えずに読んでください

少し早かった土方さんの心音が、次第にゆったりと打ち始めると、呼応するように私も多少の落ち着きを取り戻した。

襟の袷にしがみついていた私の手から力が抜けたのを機に、土方さんは私の手を引いて川べりまで歩いた。


大きな流木の上に座るよう促され、腰を下ろす。

霧のかかった川の中には、足の長い水鳥が哲学的な顔をして佇んでいる。

周囲に広がる田畑からは、群れた雀の鳴き声が届く。


「・・・お前には、見せたくないものばかり見せてしまうな」

傍らに腕組みをして立っていた土方さんが、視線を川に据えたまま、ぽつりと呟いた。


「さっきのあれは、長州の間者だ。今日だけで三人斬らせた」
「・・・・・・」


現代で言うなら、高校生くらに見える少年だった。
あんな子が、露見すれば命がない場所に送りこまれるなんて。


「怖かっただろう」
「いいえっ」


尋ねられ、慌てて否定した。
嘘だ。本当は、怖かった。
目の前で人が斬られるなんて、現代ではありえないことだから。
でも、正直に答えて、また距離を置かれることの方がより怖かった。


「怖くないです。大丈夫」


膝の上で拳を握りしめて首を振る。


「震えてたくせに何言ってやがる」

苦笑交じりに、呆れたような流し目をくれて、土方さんは洗い晒しを結んだだけの私の頭にぽんっと掌をのせた。


「怖がったって構わねえよ。目の前で人が斬り殺されたら、男だってびびるもんだ」
「・・・土方さんは怖くないんですか」
「俺は・・・・・・」


聞くまでもない質問に、土方さんの手が私の後頭部を掠めて落ちた。


「もう、慣れちまった」


答えた声は平坦で、そこには苦さも痛みもなかったけれど、何故だか胸がちくちくして。
見上げた彼は、霧に霞む川面を見ていた。とても、静かな表情で。


沈黙が落ちて、私はだんだん焦り出す。
そろそろ行くかと言われないかと。

一緒にいられて嬉しいのに、何を話していいかわからない。
そもそも、私と土方さんに共通の話題なんかありはしないのだ。


「土方さんは・・・どうして私によくしてくださるんですか」

話の継穂に困って、おかしなことを聞いてしまった。
口にしてすぐに後悔したけど、もう手遅れだ。

まじまじと見つめられて、だんだん頬が熱くなる。
それでも視線を外せずにいると、土方さんの眉間に一瞬ぎゅうっと皺が寄り、次いでふっと笑われた。


「さあな。俺にも、よくわからん」
「・・・『ヒナ』みたいだからって言われるかと思った」
「・・・総司の野郎」


また眉間にさっきより深い皺を刻んで、土方さんが低く唸る。


「お前は、危なっかしいからな。ほっとけねぇんだよ」

土方さんと私は、多分同い年くらいだと思う。
今までの私なら、そう年の変わらない異性に、そんなことを言われたら反発していたと思うのだけど。

何故だかその時、袂に両腕を互い違いに突っ込んだ土方さんの、ぶっきらぼうなその言葉が無性に嬉しくて仕方がなかった。


思わず、ふふっと笑みを漏らすと、土方さんが私の右頬をつついて、「お前、笑うとここが凹むな。近藤さんと同じだ」

・・それは、あんまり嬉しくない。


微妙顔をした私に、土方さんは、また笑った。

釣り込まれて笑顔を返しながら、頭の隅で違う自分が、笑えている事実に驚いている。



―――帰り路、もう手をつないではもらえなかったけれど、あの血なまぐさい壬生菜畑を避けて遠回りをして送ってくれた土方さんの優しさは、、霧が晴れてからもずっと私を包んでくれたのだった。


第三十八話に続く