間質性肺炎肺炎の急性憎悪と慢性型 母とわたしの違い① | いつもスマイリー♪

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オットの海外赴任
両親の介護
自分の病気発覚
まぁ50年以上生きてりゃ
色々ありますね

私の場合は
大学病院で病名が確定した段階で
皮膚筋炎由来の間質性肺炎になっていたが
日常生活は普通に行えていた
息切れや疲れはあったけど
普通に電車にのって仕事にいき
食欲もありました

ただ、間質性肺炎らしき症状は
半年以上前からあり
抗ARS型だったため
間質性肺炎の慢性化といわれました
数値的に入院治療ギリギリライン
だったため
在宅でのステロイド(40mg)
服用をはじめて1カ月で
KL6は500までさがり明らかな改善が。
これも抗ARS型の特徴なのかな。
ステロイドがよくきく。

母の場合は発病から3日で
もう自力で呼吸ができなくなりました
この時点でそく入院だったと思います
しかしその時の医師の判断で
在宅での抗生剤の点滴投与になりました
これが母の死を早めたと思っています
発病から一週間後
救急車をよび大学病院に緊急入院
大学病院の医師から
なぜもっとはやく入院しなかったのか
と、説明をうけた時
兄嫁と愕然としました
そんなわたし達の様子をみて
大学病院の医師からも
在宅治療をすすめたクリニックに
行った処置にたいして
連絡をしたようです
このあたりの経緯を思い出すと
私はパニック発作のようになります
母には申し訳ないけど
つらすぎて
考えたり思いだしたりしたくないです

ただ、大学病院に入院した時点で
医師からは覚悟をするよう説明されました
それでも、私はなぜか大丈夫、と思ったんです
私がステロイドがよく効いたから
ステロイドパルスをすれば
わたしより症状が重くても
わたしよりステロイドがたくさん体に入れば
良くなる!
と本当に思ってました。
大学病院の医師にも
親子だからきっと体質は一緒で
ステロイドが効きますよね
と。



母の入院中
面会は15分だけでしたので
ムスメが病室にはる写真をたくさん作って
母が寂しくならないように
飾りつけてくれました

面会は個室だったため許可頂けました